2005年10月27日

マッケンロー狂走曲

小学校の頃、近所を自転車で猛スピードで走る外人顔の大人がいた。

推定年齢34歳。



その異様なまでのスピードと風貌、そしてちょっとバカにすると面白いぐらいにキレる様子から、
我々は彼を「マッケンロー」と呼んでいた。


==================
*マッケンローとは

元男子プロテニス選手。1999年に国際テニス殿堂入りを果たした名選手。
試合中に審判の判定が気に入らないとすぐ暴言を発し、マナーが非常に悪いことでも有名だった。

==================



我々はいつもマッケンローの姿を見かけると、マッケンローが自転車で横を通り過ぎるのを見送り、追ってはこないであろう距離(大体20〜30メートル離れたところ)まで
マッケンローが離れると、思いっきり彼に向かって、



「ば〜〜〜か!!!!
ちぢれ毛マッケンロー!!!!!」




などと暴言を吐き、彼が遠くのほうで怒り狂いながら、「このクソガキ〜〜!!」とか、「ぎゃほーーー!!!」とか叫んでる様を見ては喜んでいた。



ある日、いつものようにマッケンローを見かけた。

彼がチャリンコ猛スピードで駆け抜けていくのを見送り、



「あほーー!!カーリーヘアー!!
ブロッコリー!!!!」




などと叫んだ。
この日は調子をこいたあすかちゃんがマッケンローに向かって小石まで投げつけてしまった。


それが運のツキだった…



いつもなら遠くのほうに見えるはずのマッケンローがみるみるこちらに近づいてくる!!!



ひいいいいぃぃ!!!(゚Д゚;)



「こんのぅ、くそガキァーーー!!!」



マッケンローの怒りは頂点に達していたようだった!

振り乱れるカーリーヘアーと彫りの深い顔立ちが我々に迫ってくる!!!

まさに鬼の形相!!



今、考えるとちょっと石原良純似?


よしずみ.bmp


我々も必死になって逃げた!!!


あすかちゃんが、


「陸橋に登れ!!!
陸橋の階段はチャリで駆け上がれないぜ!!!」




と生き残る術を提示してくれたので、我々は必死に宮城野陸橋を目指した。


ちなみにこの陸橋は以前、書いた「アベック死ね死ね公園」の近くの陸橋だ。


宮千代から宮城球場(現フルスタ)へとつながるあの陸橋。

(って言っても、地元民しかわかんないと思うけど、わかる人にはわかってほしい、
あのけっこう急な昇りになってる陸橋だよ)



これぐらいきつい昇りであれば、さすがのマッケンローもチャリを降りて、引きながら陸橋を昇ることだろう。

その間に我々は猛ダッシュだ!!!!



…と考えていた。

だが、我々はマッケンローの潜在能力を見くびっていたらしい。





恐ろしいことにマッケンローは階段と階段の間のチャリ引き用のスロープをチャリに乗ったまま、猛然と駆け上ってくるではないか!!!!


うわぁぁぁ!!
化けモンだぁぁぁぁ!!!




どんな恐怖映画よりもこのときのマッケンローが一番怖かった!

捕まえたら食い殺してやるぞ!ぐらいの勢いが、あの時のマッケンローには見え隠れしていたのだ!!



陸橋の半ば付近でマッケンローはチャリから飛び降り、我々にタックルをしかけてきた。

我々は無惨にも確保された。



けど、泣いて謝ったらマッケンローも許してくれた。


「石なんか投げちゃだめだよ。僕に当たるならまだしも、その辺を歩いてる関係ない人に当たっちゃうかもしれないだろ?
危ないことはやめなさい!!」




本当はマッケンローは非常にいい人だったのだ。


「石を人に向かって投げる」という行為は非常に危ないということだけ、どうしても伝えたくて我々を一生懸命追いかけたらしい。



その後、マッケンローを見かけると、我々は元気に「こんにちはー!」と挨拶するようになった。

たまには


「マッケンローさん、
今日も頭ちぢれてますね」



とからかったりもした。


そのうち、気がついたら見かけなくなっていた。どこかに引っ越しちゃったのかな?
よくよく考えれば、マッケンローさんの本名知らないままだったな…


今はどこでどうされているかわかりませんが、見ず知らずのクソガキをちゃんと叱ってくれてありがとうございました。

おかげで立派な(?)大人になりましたよ、マッケンローさん。


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マッケンローも一見すると子どもを追い回す変質者だよな。誰にも誤解されなくてよかったね!
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2005年10月24日

ミニスカ帰還しますた

こんばんは〜
無事に福岡から帰って来ました(*´∀`*)

スポーツ大会はボロ負けでしたが、芸能大会は
なんと優勝しましたよ!!
これで2連覇です!!


スイートルームを与えられ、みんなで宴会しました。


ミニスカポリスになった甲斐がありましたよ…
おかげでマネージャーもごきげんです。



当日の福岡・某ホテルの会場風景↓

kaijo.jpg

余興にそなえて、あらかじめ変装?してる人もけっこうおりました。

黒塗りの顔でそのまま食事してる人や、
女子高生コスプレしてる人。


sonomama.jpg  koukou.JPG

ホテルの従業員の方々はきっと、

「何?この会社・・・(゚Д゚;)」

って強く強く思ったに違いありません。



会場前方のステージには大きなスクリーンがあり、会場内が暗くなると、映像が…。

kamiki.jpg  geinou2.jpg

「上期の仕上げに 芸能大会」


半期決算終わったと思ってましたが、最後の仕上げがこの余興だったのですね…。




こうして余興大会は幕を開け、ステージには数々の変人たちが姿を現した。

テカテカの半裸の男やヨン様軍団、果てはハードゲイもどきまで…。


gei.jpg

どんちゃか♪ どんちゃか♪

iikannji3.jpg


我々ミニスカポリス軍団もいよいよ
ステージへ!


我々の余興は、実はただ踊るだけではなく、後ろのスクリーンも活用して、あらかじめ撮影しておいた映像を交えながらのストーリー性をもった余興だった。

ストーリーは以下の内容。

「生活苦のあまり、●富士に強盗に入るマネージャー。そこへ●富士ダンサーズ登場!」

dance.jpg

「あっけにとられながらも、金を盗むマネージャー。仙台空港から高飛びを試みるも、婦人警官に行く先を遮られる!」

po5.jpg  po.jpg

「婦人警官によって、マネージャー連行」

renkou7.jpg


とまぁ、こんな感じだった。

うちの会社で働いて、直接メンバーを知ってる人が生で見たら、腹を抱えて笑う内容だが、たぶん皆さんには「??」って感じですよね…


まだまだ人材は募集してますので、余興が好きな方はどうぞ応募してください。
(たぶん誰も来たくないだろうけど)


この後も黒塗りミサ集団が登場したり、
田中邦衛もどきが「大地讃唄」を熱唱したりした。


余興後、ほっとして記念撮影↓

3ninn6.JPG


すべての余興が終わったあと、最後はイノキ、ヤク●といった愛称でおなじみの他拠点のマネージャーが「イノキ・ボンバイエ♪」のテーマソングと共に会場裏から登場。

inoki8.JPG

da94.jpg

「元気があれば何でもできる!
行くぞーーーー!!!」


の掛け声のもと、社員全員で、

「1、2、3、
だぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」


をやって、芸能大会は幕を下ろした…

ちなみにこの「イノキの掛け声」は恒例行事です。


こうしてうちの会社の上半期の仕上げは終了しました。

こんなんで、下半期も頑張るぞ!!!って思った社員はどのぐらいいるんだろう?

いくつかの疑問を残しつつも、福岡の夜は更けていくのでした…。

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2005年10月19日

ミニスカポリス練習風景

こんばんは。

今日もペッパー警部の振り付けの練習をしてきました…。

いよいよあさって本番です。

本番の写真は福岡から帰ってきたら、またアップします。

今日は、みんなで衣装合わせをしました。

全員集合.jpg  mini2.jpg

あんなに嫌がってたのに…

なぜかみんなすごいやる気!!!


ほとばしる笑顔!!

男性写真が会議室に入ってくると、

「いらっしゃ〜〜い♪」


なんて言い出す人もおり、

会議室がなぜか国分町のどこかのお店と化していた。


*国分町…東北地方最大の繁華街
       銀座と新宿と池袋の繁華街が一緒になったような街
       エッチなおじさんも行く街
       繁華街なのに狭い街



ちなみに上の写真は、小鶴新田の某コスプレショップで購入。


高くて全員分の経費購入は無理で、2着だけそろえたのが、こちらのドンキホーテのミニスカポリス。↓

hardpoli.jpg
     

背の高い人が着ると、もろエロい雰囲気になるので、身長150cm以下のちびっ子選抜隊の2人だけ着てました。


私は小鶴新田のコスプレです。
ちょっとでもかがむと、パンツ丸見えになってしまうため、
全員スパッツ着用せよとの命令が上から下されました。

だったら最初からこんなもの着せないでください。

ちなみに男性の衣装もかなりの恥ずかしい仕上がりになってましたが、これも、本番の写真まとめてアップするときに一緒に載せます。

もう疲れたので寝ます。

ダンスとお歌に明け暮れる残業の日々も今週で終わりです!!!
あ〜〜!しんどかった!!(´д`)


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2005年10月18日

ようすけ君がやって来た!

宮城県人にとって思いで深いデパート。
それはエンドーチェーン。


クラスに遠藤というやつがいれば、否応なしにあだ名は「チェーン」となるほど、エンドーチェーンは宮城の子どもたちに浸透しきっていた。


当時の子どもたちにとっては、「エンドーチェーン」と聞いただけで、テンションが上がりまくる魅惑のデパートだったのだ。



今となってはペリー来航のごとく押し寄せた首都圏からの大手デパートの攻撃により、「エンドーチェーン」が「ビンボーチェーン」と呼ばれ、挙句の果てに「エンドーチェーン?何それ?」とエンドーチェーンを知らない世代が横行する有様となってしまった。


すでに見る影もない状態になったが、かつては宮城県のシンボルといっても過言ではないほどの夢のデパートだったのに…



駅前の元エンドーチェーンは、現在は「E-beans」になってますが、なぜか看板に名残が…
エンドーチェン.bmp



エンドーチェーンでは随時、ミニ博覧会的な催しやじゃんけん大会があり、私も子どものとき、ばあちゃんと「生きた化石シーラカンス展」や「ピラミッド展」に行ったもんだ。



つい5年ほど前までは、このときもらった「ピラミッドの石」という三角の容器に入った砂を持ってたんだけど。
惜しいことにどっかに失くしてしまった(⊃д`)


毎週日曜の朝には、エンドーチェーン提供の
1時間番組「ドッチラチン」
があった。


有名なのはベレー帽をかぶった斉藤Q六先生の「パパの絵、ママの絵」ってコーナーなんだが、私の思い出に残ってるのは「チャレンジランキング」というコーナーだ。


現在のQ六先生⇒Q.JPG
*河北新報より


毎週、番組の司会をつとめる子供たちのあこがれの的、ようすけ君が、仙台市内の小学校を訪れては、ジャンプの高さやバランス力を計測し、市内小学生ナンバーワンを決めるというものだ。


ようすけ君はもともとはエンドーチェーンのアルバイト店員だったらしい。
何をどう転んだのか、エンドーチェーンをきっかけに、宮城県の地場テレビタレントとしてデビューしてしまったのだ。


ちょっとおデブで明るく軽快なトーク、そして大人なのに、つなぎのジーパンをはいた
ようすけ君は子どもたちのハートをがっちりつかんでいた。


ある日、ついにようすけ君がうちの小学校にもやってくることになった!!!


白い軽ワゴンみたいのに乗って、ようすけ君が校庭に到着!

わらわらと車に駆け寄る私たち。

「ようすけ君!!ようすけ君!!!」

口々にその名を叫びながら、車の窓をコツコツと叩いたが、リアルようすけ君は
ふてぶてしい態度でスパ〜〜とタバコを吸っており、こちらに大した反応を示さなかった。


??!!
これじゃ、ただの性格の悪いデブタレ
じゃん!!( ゚Д゚)



みんなの気持ちがしぼみかけたその時、

「本番で〜〜す」

という声がスタッフらしきお兄さんからあがり、ようすけ君が重い腰をあげた。


車から飛び出したようすけ君は別人に変っていた。



「みんな〜!!こんにちは!!
今日は佐藤くんと川西くんが新記録出せるように頑張って応援しようね!!」




車の中では死んだブタだったようすけ君が陽気なピッグに生まれ変わっていた。
え?ブタもピッグも同じだろって?
ピッグのほうがポップな感じがするじゃん・・・


その日は佐藤くんが「ジャンプ」に挑戦し、川西くんは傘を手のひらに立てて、どれだけの時間落さずにいられるかの「バランス」に挑戦した。


ロリポップなようすけ君は楽しいトークで場を盛り上げた。
その間、みんな、「ようすけくん!ようすけくん!」言いながら、身体にベタベタと触りまくった。


もしかしたら、ようすけ君はひっそりとぶちキレていたのかもしれない。


何となく笑顔がひきつってた。


競技の結果として、佐藤君は大したことなかったが、川西君のバランス力は圧倒的で、確か5週ぐらい、その記録が打ち破られず、「市内ナンバー1のバランス力」の座を欲しいままにした。


撮影が終わるとようすけ君はまた元のブタにもどり、足早に軽ワゴンに戻ってしまった。
一気に下がる我々のテンション。



しょせんはエンドーチェーンの差し金で始めた仕事。

子どもたちへの愛はなかったのか…?




まもなくワゴンは出発した。

私たちは車に向かって、石を投げつけながら、なぜか「ドナドナ」を歌って見送ったのだった。

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ゆうこりんの「ありがとりんこ」って…。
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2005年10月14日

ローカル妖怪情報

昨日は仕事終わった後、来週の拠点対抗スポーツ大会の練習だった。


市民センターにみんなで移動して、夜10時過ぎまで頑張ったわけだが、
意外にも楽しかった。


もともとスポーツは嫌いじゃないので、久しぶりに思う存分身体を動かせたのが、逆にストレス発散になったのかも。


種目はフットサル、バレー、卓球なのだが、フットサルの練習試合では、キーパーに取られてしまったけど、けっこう鋭いシュートを打つことが出来、


皆から「うおおお?!」という歓声があがって気分よかった(^∀^)


バレーでは、グループ別練習試合をした時、私のサーブのみで連続5ポイントゲットして、


これまた「うおおお?!」という歓声があがり、爽快だった(^∀^)


歓声にことごとく疑問符がついているのが、ちょっと気になったが。

「ええ??」って感じのどよめき…

日ごろの私を見てると、
想定の範囲外の動きだったのか?


卓球はたくま君が上手で、よく教えてもらってるんで、練習試合でもおっさんをパキパキとやっつけることができた。


フットサルの練習してたとき、ミニスカポリス案を出したマネージャーには怒りを込めて、

顔面シュートを放ったが交わされ、
心の中で「ちっ!」と呟いた。



そんな感じで、昨日は動きまくったので、太ももとケツが筋肉痛だ。(´д`;)



休憩時間にお化けの話になり、テケテケさんの話題が持ち上がった。


================
*テケテケさんとは

下半身が切断されて、上半身だけのお化けで、ヒジを使って、テケテケ走る。

これは実際に昭和10年に起きた踏切事故の際、下半身が切断されているにも関わらず、4時間生きて会話をした実在の女性がモチーフになってるそうです。



詳しくは、この辺を見てみてください。

真・都市伝説第79夜「助けて…」
現代妖怪夜行第2回「テケテケ」

================


それからどう考えてもローカルお化け?いや、お化けっていうか、実際に存在してる人物なのでは?という微妙な話題が持ち上がった。

それは

蔵王エコーラインの
ジャイアント婆々ぁ(ばばあ)




身長2メートルを越すばあさんが
蔵王エコーラインに出没するというのだ。



私は妙にその話を信じることができた。

なぜなら以前、遠刈田の温泉に遊びにいったとき、温泉街のうどん屋で妹と飯を食べてたら、地元のおじさん連中が口々に


「エコーラインのばばあがよ〜」

「ほんとにでけぇばばあじゃの〜〜」



と語ってるのを聞いたことがあったから!



あと、ジャイアント婆々ぁの親戚かもしれないけど、大学のときに、深夜に4号線バイパスを走ってたら、


電柱のてっぺんに肩を並べるくらいの
巨大な坊さんが一人で歩いている



のを見たことがある。

私は
「でいだらぼっち」だと思った。


================

*でいだらぼっちとは

途方もなくでかい大男の妖怪。羽黒山や富士山を作ったといわれる、
鬼怒川でよく足を洗ってたそうだ。



詳しくはこちらをどうぞ

日本の伝説「でいだらぼっち」

==================

彼は坊主頭に袈裟を着てた。


このときは中田のカラオケマンモスに妹と歌いにいった帰りで、


「うおっ?!でけぇ!!??」


大騒ぎした記憶がある。


万が一、誰か巨大な坊さんとジャイアント婆々ぁを見たことある人いたら教えてください。
驚きを分かち合いたいです!(・∀・)ウフフ

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男性人の●富士と女性人のピンクレディーの合間にちょっとしたショートビデオを挟むことになり、本日、じゃんけんに負けた犠牲者の女性二人が撮影のためミニスカの格好で北仙台へと向かいました…。あわれ(´д`;)

私を含む残りの女性陣は駅前のビッグエコーで歌と振りの練習をして、さっき帰って来たとこです。
絶対おかしいよ、この会社…。
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2005年10月13日

会社の余興でミニスカポリス

会社の余興でなぜかピンクレディーを踊って歌わなければいけなくなったのだが、
とうとう衣装まで用意された。



ミニスカポリス


ミニ.JPG


私の所属グループの女性は全部で8人いるのだが、一番年下でも25歳。
そして一番上は56歳。


もちろん全員がミニスカポリスをまとう。


ある意味、拷問だ。
(こっちにとっても、本人にとっても)



余興用に下手に予算を与えられたものだから、


ドンキホーテのミニスカポリス 7,800円を2着。
某業者のミニスカポリス 4,200円を6着。


すべて会社の経費で購入。



男性陣は竹富●の昔のコマーシャルをパロって踊るので、レオタードを購入。


もちろん会社の経費で。



極めつけは運動会用のオリジナルジャージまで発注し、全員分購入。



これも会社の経費で。



いいのか?
この会社、ほんとにこれでいいのか??




っていうか、そんなにムダに利益出てるのだったら、社員に還元しろよ!!!!
ぐほおおおおぉぉぉぉ!!!!( ゚Д゚)ゴルァ



ここ連日、夜中の11時過ぎまで本格的にピンクレディーの振りと歌を練習させられ、憔悴しきっている。


夜中までやってるのに、しかも朝連まであるんですよっ?



どこまで体育会系なんだ?!
この会社!!!
馬鹿!!!!




本日は体育館を丸ごと貸しきって、夕方仕事終わってから運動会の練習だ。



ああ、どうしてくれよう?
クソ役員ども。





余興の出来と運動会の結果を各支社で競い合い、それによってマネージャーの査定に影響が出るものだから、上がとにかく必死なのだ。



付き合わされる私たちは、奴隷みたいなもんだ。



今朝もどんよりしてたら、



「そんな拉致られたような顔してんじゃないよ!気合!!」



ってマネージャーから言われた。


あの、お願いですから、普通の仕事させてください。



4月の余興は踊る大捜査線パロディで我が支社は金賞を獲得し、ロイパのVIPルームを与えられた。


ただ、去年はマツケンサンバで失態を見せている。



マネージャーはここで東北支社の(馬鹿)強さを再度アピールしたいのだろう。

一人でやってくれよ・・・



いよいよ来週末が本番なわけで、わざわざ
この大運動会と余興大会のために我々は九州へ飛ぶ。


決戦は九州で行われるのだ。



全支社メンバーの移動交通費、宿泊費、食費、そして余興用の予算。
莫大な費用をかけて、運動会と芸能大会に力をいれる会社、他にあるんだろうか?
(´д`;)


とりあえず、来週、写真撮る余裕があれば、様子を撮影してアップします。
皆さんもお仕事頑張ってくださいね…。
社会人って辛いですね…。

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本日、仙台市内でジャージ姿で夜中にぞろぞろと歩く社会人集団がいたら、それは私たちです。
見つけたら暖かくなぐさめてください。
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2005年10月11日

暗闇マクラ合戦

前にも話したとおり、うちは4人兄弟だ。

兄・私・妹・弟の4人。

一番上と下では、7つも学年が離れているので、全員そろって遊ぶということはあまりなかったが、一つだけ全員で楽しんでる遊びがあった。


それは、暗闇マクラ合戦!('ー*`)キラーン



まさに大家族、親戚がよく泊まりにくる家でしか遊べない遊び。

なぜならこの遊びには大量のマクラが必要だから。



簡単にルールを説明すると、子ども部屋の4隅をそれぞれの陣地とする。

一人2つずつのマクラが与えられ、

真っ暗にした部屋の中で、枕を奪い合うという遊びだ。

全員の枕を奪ったものの勝ち。



もちろん暴力による奪い合いが許される無秩序な世界。



戦い方としては2パターンに別れるのだが、一つは自分の陣地にマクラをすべて置いておき、陣地周りを守りながら、攻めてきた相手をしとめ、相手のマクラを奪うというもの。

もう一つは、マクラそのものを武器として持ち歩き、暗闇で出くわした相手をボコボコに殴って、マクラを奪うというもの。


下の妹・弟はマクラを持ち歩きながら闘うだけの体力がないため、ほぼパターン1の守りの攻撃をとっていた。


兄はパターン2の肉弾戦を好み、私は攻撃用マクラを一つだけ持ち、もう一つは陣地に置きながら闘うという、安全策を好んでいた。



かなり大暴れするので、両親がいないときにしか出来ない遊びだった。

サイヤ父さんがいるときに一度やったら、

「うるせぇぞ!!!おめぇら!!!」

とドタバタと2階の子ども部屋に猛スピードで駆け上がってきて、
あやうく全員が負傷するところだった。


うちの両親は非常に仲が良く、夜に子どもたちを置いて、二人だけでどこかに出かけることが多かったので、そういうときを狙っては暗闇マクラ合戦をおこなっていた。


両親がどこにいってたかは謎だ。
大人になった今、大体予想がつくが。




勝負に勝つためにはマクラ選びにも余念がない。

クッション系の軽くて柔らかいマクラ、

親父が好んで使ってる、ややずっしりと重みのあるマクラ、

抱きマクラ系の長いマクラ等、



いくつか種類があったが、ゲーム前のマクラ選びのときは、攻撃用に使う固めのマクラと、持ち運ぶには不便だが、奪われにくい長めのマクラを選ぶことが勝利への近道だ。


マクラの選択が勝負の鍵を握るといっても過言ではない。



おのおのが選んだマクラを持ち、部屋の4隅に移動したとこで、兄が

「スタート!!」

といい、お気に入りの北斗の拳2のテーマソング「タフボーイ」のカセットをonにしたらゲームの始まりだ。



暗闇マクラ合戦 BGM 

曲:TOUGH BOY 歌:TOM☆CAT


=======================
  Welcome to this crazy time.
  このイカレた時代へようこそ

  君はTough Boy、Tough Boy…(激しく連呼)!

  まともな奴ほどFeel so bad
  正気でいられるなんて 運がいいぜ、you!

  Tough Boy、Tough Boy…(激しく連呼)!

  時はまさに世紀末
  澱んだ街角で僕らは出会った

  Keep you burning 駆け抜けて
  この腐敗と自由と暴力のまっただなか

  No boy no cry 悲しみは
  絶望じゃなくて明日のマニフェスト

  We are living, living in eighties.
  We still fight, fighting in eighties.


  どこもかしこも傷だらけ  うずくまって泣いていても 始まらないから

  Tough Boy、Tough Boy…(激しく連呼)!

  どっちを向いても Feel so sad
  だけど死には至らない 気分はどうだい?


  Tough Boy、Tough Boy…(激しく連呼)!


  ここは永遠のロックランド
  拳を握りしめ僕らは出会った

  Keep you burning 駆け抜けて
  この狂気と希望と幻滅のまっただなか

  No boy no cry 進まなきゃ
  勢いを増した向かい風の中を

  We are living, living in eighties…

=======================

ああ、なんていい歌だろう…
ちなみに今だにカラオケにいくと、ついつい歌ってしまう。
妹はエコー部分までしっかりと表現する始末だ。

「リビン ザ エイティ、エイティ、エイティ…(だんだん小さく歌う)」


弟思いの兄は年齢的にハンデのある弟をかばいながら闘う。
でも、ハンデなんかいらないんじゃないか?というくらい、弟にも必殺技があり、それは「噛み付き」と「頭突き」だった。



真っ暗なので、目が闇に慣れてくるまでは、相手の動きが見えにくい。
弟はそんな中、ちょこまかと動き回り、敵を見つけると、噛み付いてくるのだ!!!



「ぐああああぁぁぁぁぁ!!!!」
このクソガキがぁぁぁぁっ!!!!」



妹の断末魔が響き渡る。


よし!!
こういう瞬間は私にとってはチャンスだ!!

やつらがお互いの戦いにムキになってる間に、私は陣地のマクラを奪いに行く。
しかし、兄も同じことを考えているのか、妹陣地でハチアワセ!


ここで兄と私による殴り合いが始まる!
私は渾身の力で固いマクラを兄の背中に叩きつける。
兄はそのマクラをひっつかみ、奪おうと私に蹴りを入れる。



そうこうしてるうちに、私の陣地に向かって動く怪しい影!
陣地に残した枕が危ない!!!


兄を振り切り、陣地へとかけこむと、弟との戦いに傷つきながらも私の陣地を脅かしに来た妹の姿が!
髪の毛をひっぱり、頬をひっぱたいて、追い払う。



「うがあああぁぁぁぁぁ!!!」



叫びながら泣き出す妹。


こうして部屋の中はむちゃくちゃになり、

TOM☆CATも真っ青な暴力世界が繰り広げられる。



親が帰ってきた合図を示す車のエンジン音が外の駐車場から聞こえると、ゲームは途中でも終わりになる。
(親に怒られるから)

電気をつけると、大抵誰かが流血していた。
戦いに血はつきものだ。



血といっても、いつも鼻血だったけど。

たまに親父が


「何で、俺のマクラに血がついてるんだ?」


と首をかしげることもあったが、深くは追求されないまま、私が中学にあがるまで、こうした肉弾戦は続いたのであった。

我々4兄弟に、ちょっとやそっとじゃヘコたれない不屈の精神と肉体が身についたのも、
幼き頃のこうした戦いの日々と丸大ハンバーグが土台となっている。



ハイリハイリフレ♪ハイリホー
ハリハリフレッホ ホー♪♪


丸大.bmp

大きくなれよ。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

また一人地辞めた。そして、また新しい社員が…。本当に落ち着かない会社だよ、ここ。この1年で大分顔ぶれが変ってるんだが…。
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2005年10月10日

恋愛成績表

友達に面白いサイトを教えてもらった(*´∀`*)

ハニホー!
っていう占いサイト。

知ってる人いる??

いろんなコンテンツがあって、私が今回やってみたのはこれ↓

=======================

出会いと別れhttp://deai.hanihoh.com/

過去から現在までの彼氏彼女を振り返る恋愛診断。

結果画面で毒舌太郎に吐かれる苦言は、すでに数万人のハートをえぐっています。

傷つきやすい人は危険!


=======================

結果はこんな感じです…。ここから見れます。⇒きょんこ1210の出会いと別れ



rennai.jpg



えっ?!(゚Д゚;)!!

「数だけこなしました」病?!

ちょっとショッキング…_| ̄|○




でも、まぁ、こうやって見ると、私の恋愛期間ってほんと今まで短かかったな…。

たくまくんと出会って、やっとまともに人とお付き合いできたという感じだ。


数だけこなして、実伴わず。


それがたくまくんと出会うまでの私の恋愛だったんだろう…。
(´д`)…。(遠い目)


皆さんも私のように、打ちひしがれてしまうかもしれませんが、よろしかったらチャレンジどうぞ!(*´∀`*)⇒「出会いと別れ」恋愛診断へ

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

泉ヶ岳の「むかご」は相変わらずにぎわってますね!あそこのお好み焼きは絶品です♪♪今日は泉方面へドライブいっとりました。
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2005年10月07日

迷わず行けよ行けば分かるさ

この道を行けば どうなるものか

危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし
 
踏み出せば その一足が道となり

その一足が道となる

迷わず行けよ行けば分かるさ




        アントニオ猪木


             

          一休宗純


ずっと猪木のオリジナル名言だと思ってたのに、
オリジナルは一休さんだった!!!!( ゚Д゚)


さっき偶然知ったの。


先日のラスト一休騒動といい、一休さんは私にとっては現在、旬の人物です。


ちなみに、何でこの言葉が猪木名言として有名になったかっていうと、
98年4月4日東京ドームでの猪木引退試合がきっかけだそうです。

延髄斬りだの、ナックルパートだのをクリーンヒットさせて最高の試合だったとか…。



試合後に、ファンへのメッセージとして猪木が語ったのがこれ↓



「人は歩を止めた時に、そして挑戦をあきらめた時に年老いて行くのだと思います。

この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ危ぶめば道は無し

踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる

迷わず行けよ!行けば分かるさ! 
 

ありがとうー!!!

行くぞー1・2・3だあー!!! 」






猪木ぃぃぃぃ・゚・(ノД`)・゚・。!!!!!

この瞬間、伝説が生まれたのです!




こうして「迷わず行けよ、行けばわかるさ」は完璧に猪木に食われ、一休さんはその身を潜める結果となりました。

この名台詞はそのまんま新日の道場訓にもなっているとか何とか…。



一休さん、あの世で、指加えて見てんのかな。

「んもうっ!!それ、ボクの台詞だったのにぃぃ!!」by一休

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会社の研修での余興の出し物はピンクレディーに決定してしまいました…。
来週から衣装をそろえたり、振りを覚えるなどの猛特訓が始まります。
しかも仕事が終わってから夜中までやるということで、なんでここまでして余興に力をいれなければいけないのかと、切なくなります(⊃д`)
最後の仕上げはカラオケボックスでの練習になり、来週末に大勢の会社員が仙台のカラオケ屋でピンクレディーを歌いまくってたら、それは私たちです…。

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posted by きょんこ1210 at 14:38| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月06日

ギンジに倒される

私は高校のとき、遅刻魔だった。
…高校っていうか、まぁ、大学も社会人になっても、いまだに遅刻してしまうんだけどね…。

大学のときなんか、あまりに急いでいたため、


チャリで人をはねたことがある。



いや、笑い事じゃないんだけどね。
相手の方が、頭を割って、流血しちゃったんだよ…
救急車で運ばれていってねぇ…



その後、サイヤ父さんが変な方向にはりきっちゃったもんだから、金がらみのことでもめて大変だったんだけど、最終的には和解できた。



そんな朝の弱い私は今でも毎朝、猛ダッシュの日々だ。
ゆっくり歩いて会社に行きたいと常々思っているのだが、起きれない。


高校のときはチャリ通だった。一高前の坂を必死の形相でよく走ったもんだ。
遅刻の理由を先生に聞かれ、


「信号につかまってしまったからです」


と答え、出席簿で頭を叩かれたこともある。


でも、ほんとタッチの差で信号渡れず、遅刻になること多かったんだよね。
まぁ、もっと早く家を出てくればいい話なんだが。


ある時期からは、生徒指導のギンジと呼ばれる先生と、生活委員会の生徒たちが校門前に立つようになった。


遅刻してしまったものは、委員会の生徒に自分のクラスと名前をその場で申告しなければいけない。

委員会の生徒はその名簿を各担任教師に渡し、担任に怒られるなり、内申書に記載されるなどの処置が施される。


何度か遅刻を重ねるうちに、私はある考えを思いついた。



委員会の人に申告しないで、そのまま校門を強行突破すればいいのでは…?



その日、委員会の人々は、他の遅刻者のカウントに手をとられていた。

チャンスだ!!!


私はいつもなら、スピードを緩める校門前で、逆に思いっきりペダルをこぎ、

猛スピードでつっこんだ!!!


このまま裏のチャリ置き場に走り、何食わぬ顔をしてこっそり席につけばいいや。
そう思ったのだ。

でも、うまくはいかなかった。


委員会の人々は振り切ったが、ギンジは私の動きを見逃していなかった。


「待てぇぇぇ!!!!
この卑怯者があぁぁぁっ!!!!!」



うっすらハゲ頭を振り乱して、ギンジがダッシュでかけてくる!!!


ひいいいいいぃぃぃぃ!!(゚Д゚;)!!


ギンジのダミ声と直角に走ってくる恐ろしい動きを目にし、ペダルをこぐ足がゆるんだところに、奴は飛び込んできて後車輪を掴み、自転車ごと私をなぎ倒した!!


ガラガッシャーーーン!!!!!!
バッチコーーーイ?!



ギャグマンガなみに派手にすっ転び、私はひじをすりむいた。


この2年後にも、私はクリスマスの雪の日に、別れた男の手により、チャリンコごとぶっ倒されるのだが、それはまた別の話なので、今度。


ギンジはのっそりと立ち上がる私を見ると、


「何という腐った根性だ!!!逃げ切れると思ったのか!!!
この馬鹿者めがっ!!!」



と仁王立ちで言い放った。

何だか極悪犯になった気分だ。


しょんぼりしながら、教室に行くと、報告を受けた担任からもムダに叱られまくり、大変な大損だった。

結局、その期末に渡された
通信票の遅刻欄には「24回」と記録されていた。


その後、ギンジは遅刻指導よりも、服装指導に熱を入れるようになり、やたらシャツチェックが厳しくなった。
(うちの高校は夏の制服はスカートしかなくて、上に着るシャツは白であれば、何を着ても自由だった)


夏にポロシャツを着てくると、ポロシャツをスカートの中にねじこむよう指導される生徒が後を絶たず、そのファッションは「ギンジルック」として恐れられた。


さらにブラの上にそのままシャツ一枚で登校しようものなら、背中の透け具合をチェックしてるのか、


「中にシミーズを着なさい!!」


と指導を受ける者も続出。


シミーズって…?


こうしてギンジが趣味の世界に没頭し始めたので、遅刻チェックがおろそかになり、

私はその後は何度も校門強行突破に成功した。

こうして次の通信票では、遅刻回数も大幅減の6回に抑えることができたのだった。


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高校のときは個性豊かな先生が多く「極道先生」略して、「ゴク」というあだ名の先生もいた。「ごくせん」っぽいが、ヤンクミとは似ても似つかない、モミアゲが長く鋭い目をしたグラサン教師だった。
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posted by きょんこ1210 at 20:05| Comment(4) | TrackBack(1) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月05日

髪型がドリフ大爆笑

うちの実家は理容店を営んでいる。
(ちなみに、その前は駄菓子屋を営んでた。)


だから私は社会人になるまで、ずっと「母さんの床屋さん」だった。


中学2年のある日のこと、肩まで伸びた私の髪を見て、母さんが


「そろそろ切んない?」


と持ちかけてきた。


「うん、いいよ〜」


大抵は、そのままばっさりとあごのラインあたりで髪を切ってもらっておしまいなのだが、その日は店が暇だったからなのか、母さんは


「パーマかけてみない?」


と持ちかけてきた。


「パーマ?うちの中学、パーマ禁止だよ。
変に目立つと変な先輩に呼び出しくらうからやめとくよ」




当時、学校内にはお前が校則作ったのかよ?とつっこみたくなるくらい、下級生の身だしなみに厳しい先輩集団がおり、その人たちに目をつけられると、かなりめんどくさかったのだ。


「いや、パーマといってもね、かる〜いウェーブよ♪
クセ毛風のね。だから大丈夫!!」



母さんはやたらと私の頭にパーマをかけたがった。


「何だよ?何でそんなにかけたがるんだよ」


すると、母さんは昨日、理容器具の業者さんから新しいパーマ液を購入したので、試しに使ってみたいと話した。


「ほんのちょっとだけだから!
そんな目立つようにはしないわよ?

ちょっとくらい女の子はふわっとウェーブがかった髪のほうがかわいいのよ」



母さんがしつこかったのと、ふわっとしたウェーブだったら本当にいいかも!と淡い期待を抱いてしまったのがいけなかった。

イメージ図⇒kirakira.gif


それから「ジャンプ」を読みながら話をしていたので、多少上の空だったのも問題だった。
会話そのものがだんだん面倒くさくなり、


「じゃ、いいよ。
でも、本当にほんのちょっとだからね」



と適当に了承し、母さんに作業を許してしまった。

途中で、あったかくて少し眠くなってうつらうつらとしてしまった。

自分では起きてるつもりだったんだけど、意識は飛んでいたのだろう。



私は出来上がった自分の頭に愕然とした。



?!((((;゚Д゚))))
こっ、これはドリフのコントのオチで
爆発したときの森光子?!




わあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!


チリチリすぎて、先輩に呼び出し食らうどころか、失笑を買ってしまう髪型じゃねぇか!!!


私は半狂乱になって、母さんに元にもどせ!!と大騒ぎした。



「何よ!?
まだシャンプーしてちゃんと渇かしてないからチンチクリンに見えるのよ!!」




母さんも意地を張るタイプなので、私の頭をシャンプー台につっこむとガシガシと力強く洗った。


しかし、髪を洗い、ドライヤーをかけられても、
爆発した森光子であることに変りはなかった。

私はボロボロと泣き出した。


母さんは、


「あんたはパーマってもんがわかってないんだよ。
明日には落ち着いていい感じになってるから、見ててごらんよ!」



とまた強気に言うのであった。


次の日、起きてみて、恐る恐る鏡を見てみたが、やはりそこには
ドリフ出演時の森光子がいた。


大体うちは理容店であって、美容ではないので男性パンチパーマ用の細巻きロッドしかおいてないのだから、軽やかウェーブなんて実現するわけがないのだ。

私は自分の愚かさを嘆いた。


けれども昨日に比べれば、まだましかもしれないと自分に言い聞かせ、
気を取り直して学校に行ってみた。


教室に入ると、一瞬みんなが静まり返ったような気がした。
いや、ただの私の自意識過剰だ。
そう思いたかった。


休み時間にあすかちゃんたちに会ったら、


「うわっ!!!マイケル・ジャクソンじゃん!!!
しかも昔の!!!」



と大声で叫ばれた。


ン.jpg


ぽおおおおおおおぉぉぉぉ?!


マイケル?!
どうやら、森光子どころの騒ぎではなかったらしい。



私はもう早く家に帰りたかった。


一番辛かったのは給食の時間だ。
机をグループごとに向かい合わせにして、食べるのだけど、向かい合わせの席が当時、私の好きだった本田くんだった。


なんとかして本田君の視界に入らないようにして、給食を食べたかったが、席が向かいあっていては、到底無理。
私は恥かしさのあまり、うつむいて黙々と給食を食べた。


ふと見上げると、本田君が私の頭を凝視している。


いいよ!?笑えよ!!
笑いたいんだろ?!

この頭を??!!
ぽおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!




いっそ、半ギレしながら、そういってしまえば、ギャグになったかもしれない。
でも、そんなの教室での私のキャラじゃなかった。
それこそ、みんなヒイてしまう危険性も高い。

私は痛々しい状態のまま、辛い一日を過ごした。



そして、私は家に帰って、泣きながら母さんをなじった。

次の日の朝は直してくれるまで学校に行かない!!と大騒ぎし、そのまま学校を休んでしまった。



結局、根負けした母さんが再びパーマ液をつかって、私の髪をのばし、とりあえずチリチリ感だけは回避した。


ちなみに、あすかちゃんもうちで髪を切ってたんだが、


「短めでお願いします。」


と母さんにオーダーしたら、
なぜかダンカンになってしまい、マイケルに勝らぬとも劣らないインパクトを人々に与えたのだった。


ダンカン.bmp


決して母さんの腕が悪いわけではなく、客層に中年男性が多い店のため、女性にとってはそういった悲しい事件も少なからずあったという、それだけのことだ。


ちなみに、今は兄ちゃんが店を継ぎ、お店も客層もだいぶ若々しい雰囲気にリニューアルされている。
皆さんもぜひ、お越しください(*^∀^*)

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会社で仕事してると、本当にいろんな人から電話来ますよね…。
マスコットキャラにいちゃもんつける電話入りましたよ。キャラ設定が悪いって。
相当、暇人ですね。暇だからこそ、どうでもいいことにクレームをつけるのでしょう。
ほんと、あんまりしょうもないことで電話してこないでください。どこかの馬鹿なおじさん。
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posted by きょんこ1210 at 16:06| Comment(7) | TrackBack(1) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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