2005年07月01日

バトルな日々(気分は尾崎豊編)

昔から
「お前の家族は母ちゃん以外は全員、戦闘民族だな」
といったことを友達に言われてました。
また、「お前にはサイヤの血が流れている」とかそのまま「サイヤ人」と表現する人もいました。

サイヤ人⇒ベジータ.jpg

サイヤ人の筆頭はうちのお父さんです。
お父さんは今でこそ心から身体までパンパンに丸くなり、ただの気のいい森のクマさんになりましたが、昔はとがったナイフでした。

とにかく気性の荒い人で、どこの家でもそうなのかもしれませんが、お父さんが家に帰ってくると、居間にいた子どもたちがそそくさと別の部屋へと移動します。


うちは兄(たけし)・私(きょんこ)・妹(えり)・弟(なおふみ)の4人兄弟だったのですが、それぞれが大人になるまでに父親との壮絶なバトルを経験しました。



兄・たけしは高校進路問題を抱えていた際も、大好きなTVゲームをやめることができず、勉強しない日々が続いていました。
業をにやしたお父さんがついにTVゲーム機をどこかに隠してしまうという強行策に出たのです!

当然、兄、禁断症状!!


「ゲームやらせてくれよぉ、一日1時間で我慢するからっ」(かなり悲痛な叫び)


ガンとしてゲーム機の場所を教えない父。
それから数10分のやりとりの後、ついに兄ちゃんがお父さんを背負って投げました!!さすが柔道部三浦先生から熱烈なスカウトを受け続けてきただけのことはあります。


ドドーーン!!!!!!!!


家は震度3くらいのゆれを感じました。


「親を投げるやつがあるかぁぁぁ!!!」


怒り狂ったお父さんは包丁を持ち出しました
本気で切り付けるつもりなんてなかったんでしょうが、体格的に優勢になってきた兄に対して威厳をふるまいたかったのでしょう。


「やめてぇぇぇぇぇぇ!」


叫ぶ母親。
逃げる兄ちゃん。
面白がって眺めてる私と妹。



兄ちゃんはそのまま家を飛び出して、一晩中戻ってきませんでした。
夜中にお父さんとお母さんは心配して探してたようですが、次の日の明け方、砂だらけになった兄ちゃんが帰ってきました。


「兄ちゃん、どこに行ってたの?」


「…海。」



一言だけつぶやくと、兄ちゃんは自分の部屋に行ってしまいました。

尾崎豊風味だな…。兄ちゃん。


校舎の窓ガラスこそ割って回らなかったようですが、自宅からかなり離れた荒浜の海まで、チャリンコで感傷にふけりながらひた走った兄ちゃんを思いました。


その後、兄ちゃんはお父さんがめちゃくちゃ心配して夜中じゅう、兄ちゃんを探しまくっていた事実を知り、改心したのか、ちゃんと勉強を頑張るようになり、地元有名進学校に見事合格しました!!


ゲーム狂の一時期、下から数えたほうが早かった兄ちゃんの成績を知ってたので、かなりの奇跡だったと思います。
兄ちゃんはこの後、大学進学の時期にもお父さんともめましたが、結局、そのときは

「もう勉強はいやだ。技術を身に付けたい!」

と話し、今は立派な理容師さんとして店を持ち、頑張っております。

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七北●中の校庭でバイクで暴れまくったあの頃。⇒人気blogランキングへ
posted by きょんこ1210 at 12:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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