2006年09月20日

タカノリ先輩

こないだ出勤途中に急に声をかけられた。

「きょんこさん、お久しぶりです!!」


見ると、以前、努めてたソフトウェア会社の後輩の女の子。


「わぁ!!ようこ!!何やってんのさ、こんなとこで?」


聞くと、彼女の先日、会社を辞めて転職したとのこと。
そいでもって、私の会社が入ってるビルの1Fに就職したとのことだった。


「じゃあ、今度昼でも一緒に食べようよ〜〜」


そんな話をしながら別れた。
んで、昨日もまた会って、ペラペラと会話しながら、何となく自分の新入社員当初の思い出が蘇った。


洋子は新人のときは、いつもわけわかんない客にひっかかって、サポートで嫌な思いをしつつ、私に質問しに来ていた。


私も新人のときに、同じようにお世話になっていた先輩がいた。
それがタカノリ先輩だった。


タカノリ先輩は何となく運の悪そうな人で、いつも事務の怖い大御所の先輩から怒られていた。


同じ台詞吐いても、他の人は許されて、
タカノリ先輩は許されない。

そんな貧乏神のついた人だった。


彼の世界観は独特でマニアックなほどにパソコンに精通しており、怪しいサイトも立ち上げているとのことだった。
私や他の社員が何度もURLを教えろ!といったが、全容は明かされないまま彼は会社を去ったのだった。


私が新人の頃は、毎日の深夜までの残業で身体も心も疲れきってボロボロだった。
人前にも関わらず、涙を流して大泣きしたことも何度かあった。


今、考えると、恥かしいし、情けないが、とにかく大変だったのだ。
そんなときに、優しくしてくれたのがタカノリ先輩だった。


何かのきっかけで、タカノリ先輩と携帯のアドレスを交換したのだが、それ以来、彼は事あるごとに私に励まし(?)のメールをくれるようになった。
そして、メールの最後にはいつもシリーズ化されたある文面がついていた。


それは、「ジャンプヒーローシリーズ」。

メールの本文の最後に必ず「今日のジャンプヒーロー」と題して、意味不明の言葉が書き添えられているのだ。

例えば、ある日のメールはこんな感じだった。

=========================================

タイトル:「元気だせよ」

本文:
 渡ブー(渡邊部長)のいうことなんて気にすんなよ。
 ●●●クリエイトのくそオヤジも無視だ!

☆☆☆今日のジャンプヒーロー☆☆☆
「屁のつっぱりはいらんですよ」

===========================================




…キン肉マン?


またある日はこんな感じだった。

===========================================

タイトル:「本日のサポート」

本文:

輝リー(輝彦リーダー)も忙しい人だからね。別に怒ってたわけじゃないと思うよ。まぁ、そのうち早く帰れるようになるって。
遅くなったら、また送ってあげるし。

☆☆☆今日のジャンプヒーロー☆☆☆
「地球のみんな!オラに元気をくれ!!」

===============================================



元気玉作成時の悟空?


その他、

「だてにあの世はみてねーぜ。」←幽遊白書

「アベシ!!ヒデブ!!タワパ!!」←北斗の拳

「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」←ジョジョの奇妙な冒険


といったちょっと懐かしの少年ジャンプのヒーロー名言集を先輩は毎回送りつけてくるのだ。
そんなメールを入れてくる先輩も先輩だが、わかってしまう私も私だ。


最初のうちはそれに反応したメールも返していたが、後半はジャンプヒーローに関しては、無視するようになった。


回を重ねるにつれ、マニアックになりすぎて、毎回、どうリアクションとっていいかわかんなくなってしまったのだ。


なんとか最後わかったのは、
「すごいよ!!マサルさん」の
「おやごさんにヨロシク」ぐらいだった。

マサルさんはセクシーコマンドーの伝道師だったよね?たしか。


さらに先輩もネタが尽きたのか、メールを寄こさなくなった。
そうこうしてるうちに、彼は東京へ飛ばされ転勤になり、まもなく辞めさせられ退職した。


普段からちょっと変った先輩だったのだ。
趣味がPCとモダンバレエということで、先輩にチケットを渡され、先輩の出演する
市民ミュージカル「キャッツ」も見に行ったことがあった。
先輩はオス猫の役だったが、怪しい動きでとても目立っていた。

でも、一緒に来てた瞳が

「つまんないから、帰ろうよ」

というので、早々と会場を後にした。


後日、先輩に感想を聞かれたとき、

「すっごい素敵でした!!面白かったです!!」


と言ったけど、
実はけっこう早い段階で帰ったので、内容は一切わかりません。
ごめんなさい、先輩…。


先輩は社員旅行でもモダンバレエを披露してくれた。
右半身男性、左半身女性の格好で。


狂おしいほどに自分の身体を抱きしめながら、男女の恋物語を踊り通した先輩には、感動の拍手ではなく、失笑が与えられた。


今さらだが、けっこう面白い先輩だったなぁ
そして、けっこう励ましてもらったな〜


当時はありがたみがあんまりよくわからなかったけど、あとから振り返ると、ちゃんと感謝しなくちゃいけないですね。


先輩、本当にあの頃はありがとうございました。
ちゃんと生きてますか(^∀^)?
心配です。
posted by きょんこ1210 at 15:49| Comment(7) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月11日

すずめのチュンちゃん

小6の夏休みに自宅前の道路の下水道から「チュンチュン」と鳥の鳴く声がした。
のぞいてみると、なんかちっちゃいのが動いている。

ばあちゃんに下水道のふたを持ち上げてもらって、虫とり網で中をすくいあげると、そこにはすずめの赤ちゃんがいた
お水で泥を流してあげて、タオルで拭いてあげたら、羽が乾いてきて、ふっくらしてとってもかわいくなった(*^∀^*)

どうやらまだ飛べないらしい。
空中で手を離しても、羽をバタバタさせながらゆっくりと下降してしまう。


私と妹はそのすずめに安易ながら「チュンちゃん」と名前をつけて、飛べるようになるまで面倒を見ることにした。
ちょうど夏休みの自由工作で私は赤い小物入れを作っていたので、それに綿を敷き詰めて、チュンちゃんの仮住まいとした。


私と妹は小さなチュンちゃんにもうメロメロだった。
ご飯粒を与えてみたり、ミミズを与えてみたり、二人で楽しくお世話した。


愛犬ハッピーにも紹介してやろうと犬小屋にチュンちゃんを連れていったら、危うくチュンちゃんが食い殺されそうになるという恐ろしい事件もあったが、それはまだ恐怖の序章に過ぎず、この後、もっと悲しく恐ろしい出来事が待っていたのだった。


チュンちゃんを救出してから1週間後のある日、チュンちゃんは自分で小物入れから飛び出して、居間のイスに座っていた。
そろそろ飛べるんじゃないか?というぐらいチュンちゃんは順調に回復していたのだ。


妹がイスに座りたかったらしく、チュンちゃんを持ち上げると、じゅうたんの上におろした。
このとき、ちゃんと小物入れに戻していれば…
悲劇はこの後に待っていた!!


チュンちゃんはじゅうたんの上を素早く走り出し、父さんのPCデスクの下あたりに入っていった。
早くチュンちゃんを捕獲しないと、ドアにはさんじゃったり、踏んづけちゃうかもしれない!!


妹と二人でチュンちゃんの捜索が始まった。


「チュンちゃん!出ておいで!」

「チュンちゃん!!」



か細く、「チュン」という声が聞こえた気がした。
でも姿が見えない。
必死になって、机の下の本とか、プリント用紙をガサガサといじり、辞書を入れいていた空っぽのカバーケースを持ち上げたその時だった!!



ゴロッ…

ぎゃああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!


そこには首や羽が変な方向に曲り、涙目で断末魔の声をあげるチュンちゃんが!!!


「ピ…ピー…」


「チュンちゃん!!」



私たちはチュンちゃん捜索中に辞書ケースに入っていたチュンちゃんを知らずに踏みつけまくっていたのだ!!(ノД`)


必死に声をかけていたが、まもなくチュンちゃんは息をひきとった。
私は涙を流しながら妹の頭をひっぱたいだ。


「おまえがチュンちゃんをイスからおろしたからだ!!」


妹が声をあげて泣き出した。二人で号泣した。

ばあちゃんになだめられながら、ティッシュにチュンちゃんの亡骸をくるみ、くちばしには大好きなご飯粒をいっぱいつけて庭に埋めてあげた。


その日からうちの庭に小さなミステリーサークルが頻繁に出没するようになった。
母さんはけっこういいかげんな人なので、私に


「チュンちゃんの呪いかもね」


とか言ってきたもんだから、私はまた号泣し、庭のチュンちゃんの墓前に必死に許しを請うた。

以前、羽アリを1匹殺しちゃったときも、夜になって、たくさんの羽アリがびっちりと窓に張り付いて襲撃に来たことがあった。
その時は恐怖のあまり、キンチョールで更なる大量殺戮に出たのであった。


私はミステリーサークルがどんどんでかくなるんじゃないかとか、夜に大量のすずめが襲撃に来るのではないかとおびえた。


だが私の心配をよそに4日後ぐらいにミステリーサークルの謎がとけた。
小さな円形のミステリーサークルはすずめの砂浴びによるものだった。

チュンちゃんの仲間がやってきては、庭の砂で羽を広げてくるっと回転しており、それが小さなミステリーサークルを作り上げていた。
(庭に古米をまき、偶然すずめを呼び寄せたばあちゃんが発見)


呪いでも何でもないことが判明したのは子どもながらにほっとしたけど、その後も小さなミステリーサークルを見つけては、私はチュンちゃんを思い出して泣いた。
小6の夏休みのあまじょっぱい涙の思い出です…

皆さんも小さな命を大切に。
(ただし、ゴキブリは別です)
posted by きょんこ1210 at 16:33| Comment(7) | TrackBack(3) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月07日

呪いの象の像

私とたくまくんの新婚旅行はシンガポールだった。
リトルインディアというインド人街の小さな骨董屋さんで私は、身体は人間で、頭は象の置物を買った。


同じものが5〜6個置いてあったうちのその一つだけが少し色合いやデザインが変っていてキレイだったので気に入って購入したのだ。


それが不穏を巻き起こすとはその時は
知る由もなかった…。



ちなみに新婚旅行の思い出の写真↓

hebi1.jpg  へび2.jpg

へびと戯れました。


新婚旅行から帰宅後、私は例の象の置物をテレビの上に飾った。
そしてこの日からたくま君と度重なる大喧嘩を繰り広げた。


ある日は、私は怒りのあまり、たくま君の膝を蹴り上げ、たくまくんは、

「ぎゃあああ!!!
膝のお皿が割れちゃったよ!!!」


とのた打ち回り(実際は割れてなかった)、


またある日は、
たくま君のパンチが私の左目にヒットし、
1週間ほどアイシャドウいらずとなった。



1ヶ月の間に鬼のように大喧嘩が繰り返されたため、たくまくんがある日、


「おかしい!おかしい!!僕らは呪われてしまった!!」


とちょっと壊れた。

そしてテレビの上の象の置物を指差して、

「あれを買ってきてからだ!!」

と叫んだ。

「はぁ?!人が買ったモノにいちゃもんつけんじゃねぇよ!!」

私が憤慨して言うと、


「だって、気持ち悪いもん、あれ!!絶対いわく付だって!!
あの象からいつも変な視線を感じるんだよ!!」



と叫ぶと、パソコンのネット画面を私に見るよう促した。

そこには、私が買ったのと同じような象の置物の画像があり、そして「ガネーシャ」と書いてあった。


ガネーシャ.JPG


=========================

ガネーシャ神
「商売繁盛」 「学問の神様」 「お金の神様」
 「開運の神様」 「障害を除去してくれる神様」…

=========================



「なんだよ、いいことしか書いてないじゃん。神様の像だったんだね。」

と私が言うと、


「下のほうもちゃんと読んで!!」


とたくま君、キレ気味。

そこにはガネーシャの首が象である理由が書かれていた。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

『怒ったお父さんはガネーシャの首を
切ってしまいます。』


〜略〜

『 「…一番最初に 通った者の首を切ってガネーシャに付けましょう。」
最初に通ったのがゾウだったので、ガネーシャは「ゾウの頭、人の体」になりました。』

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


「首切られて、象の頭付けられた神様なんだよ?!気持ち悪い!!」


「そうはいっても、インドではもっとも愛されてる神様って書いてあるよ」



「ここは日本だよ(゚Д゚;)!!!」


あまりにも激しくたくま君が抵抗するため、仕方なく象の置物をどこかへ持っていかねばならなくなった。
捨てるのはもったいなかったので、とりあえず私の実家に避難させる事にした。

実家に象を持っていって、たくま君のことを笑い話として母さんに話した。


「こんなにキレイな置物なのに、呪いの置物なんていうんだよ、ばっかみたい!」

と話し、たくま君の壊れっぷりを面白おかしく語ったら、母さんもウケていた。
こうして話は落ち着くかと思ったが、2日後、めったにメールなどよこさない弟からのメール着信が。



タイトル:「このやろう!!」

本文:
「呪いの象を持って帰れ!!
俺が呪われて、モノモライができたぞ!!」



*モノモライ=まぶたのふちや内側に黄色ブドウ球菌などの細菌が感染して起こるふきでもの

ものもらい.JPG



(゚д゚)ハァ?!


家に電話して聞いてみると、私が象を置いていったその日の夜に弟が目がかゆいと言い始め、次の日にはでっかいモノモライになっていたという。
母さんが冗談がてら「象の呪いかも」と詳細を話したら、真に受けた弟が怒り狂ってメールを発信したとのこと。


弟には

「じゃ、捨てろ。」

とだけ返信したが、

「捨てたら、さらに呪われるかもしれねーだろ!!」

とエキセントリックな回答が戻ってきたので、週末に象を引き取りに再び実家へ戻った。


象を受け取った私はそれをどうするべきか途方にくれたが、また家に持ち帰ったら、たくま君にキレられるので、●カンドストリート(リサイクルショップ)に売り飛ばすことにした。


象を車に乗せて、出発しようとしたとたんに、まったくありえないことに、私は自分ちの駐車場の脇によせていた出入り口の横開きのシャッターに車をぶつけた。



「呪いだ!呪いだ!( ゚Д゚)!」


と叫ぶ弟の声が庭先から聞こえる。
あいつはすっかり象の呪いにはまってしまったらしい。


ガネーシャの呪いなど信じたくもなかったが、一瞬、ハンドルをとられたような変な感覚があったので、怖くなって、●カンドストリートへと急行した。


ガネーシャ像は100円で売れた。
そして車の傷とへこみの修理代には3万円かかった(⊃д`)

弟やたくま君は、●カンドストリートが象の呪いで潰れるかもしれない!!と危惧したが、1〜2ヵ月後に訪れたときは普通に店は存在してた。


でも、そのとき既に置物コーナーにガネーシャの姿はなかった。
・・・売れたのかな?

購入された方がモノモライもできず、
家族と喧嘩もせずに平和にガネーシャ像を今でも眺めていてくれることをお祈りしています。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

週末、成田山に行ってきました。
仙台武家屋敷はなかなか面白かったです。客がわたしたちだけとはもったいない。入館料1,000円が高いか、安いか。それが微妙。
私は美術品見るのも好きなので、よしとする!!

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2006年05月11日

新婚さんいらっしゃい〜結婚式当日〜

いよいよ挙式当日となった。
その日は、大安吉日で、私たちの他にもたくさんのカップルが挙式をあげるらしく、控え室にはたくさんの花嫁がおり、化粧をして髪を結って、衣装を着てと、流れ作業だった。


私は運悪くおばちゃんに当たってしまい、嫌な予感はしていたのだが、変な化粧をされた(´д`;)
ゴールドのラメ入りパウダーをやたら顔にはたかれた。
遠めでみればちょうどいいのかもしれないが、私が間近で見る限り、

皮膚感が超合金だった。


チークはなぜかダークオレンジで、まるで頬がこけたストリートファイターだ!

いくら何でもこれはひどすぎると思い、おばちゃんにもうちょっと薄くしてくれと頼んだが、


「こういうときはね、ちょっと濃いめがいいのよ」


と言われてしまい、言葉を遮られてしまった…
こうして私は超合金戦士ブライダルとして挙式に臨むことになった。


まずはチャペルでの愛の誓い。

バージンロードを父さんに手を引かれて歩き、新郎のたくま君の元へと進む。
驚いたことに父さんが泣いていた。
父さんの泣いてる姿など今までに一度も見たことがなかった。


私は兄弟の中では、比較的父さんとは喧嘩を重ねたほうだったので、手がかかった分、感情の高ぶりもひとしおだったのかもしれない。


無事に挙式を終え、いよいよ披露宴。

ピース.jpg

あすかちゃんは持ち歌を披露してくれた。
実は彼女は単なる一般人だが、一度CDデビューをしたことがあるのだ。


CDデビューといっても、あるゲームのサウンドトラックの1曲を歌ってるだけなのだが、それでも十分すごいと思う。
ちょうど結婚式にはぴったりの曲で、その上ノリもよくて、すごく嬉しかった。


しかし、残念なことにプロジェクトX風味のプロフィール紹介は失敗に終わった。
結局司会者がそのまま普通にナレーションしてしまい、中島みゆきの歌声はむなしく会場で浮きまくったのだった。


中途半端なことをした我々も我々だったので、司会者はせめられないが、残念・・・(⊃д`)


旦那の友人企画の「新婚さん○×クイズ」やギターとタンバリンの弾き語り、さらに「花嫁当てクイズ」など定番の余興が催され、楽しく時は過ぎていった。


gemu.jpg


最後は花嫁からの手紙ということで、父さん、母さん、ばあちゃん、亡くなったじいちゃん、その他お世話になった方々に向けての感謝のメッセージを読み上げ、私も少し泣いてしまった。


こうして無事に結婚式と披露宴は終わった。

卓3.jpg

卓2.jpg


帰り際に東京の親戚のおじちゃんが、


「式から披露宴までちゃ〜んとビデオに納めてあるからな。
お母さんに渡しておくから、あとで見せてもらうんだよ」



と声をかけてくれた。


「ありがとうございます!」


とお礼をいい、後日、実家を訪れて、母さんに預かってもらっているビデオを見せてもらうことにした。


「お母さん、おじちゃんが撮ってくれたビデオ見せてよ」

「そのままビデオデッキに入ってるから、見てみなよ」



どきどきしながら再生を押すと、さんまのからくりテレビが始まった!!

( ゚Д゚)こっ!これは
一体…?!



中のビデオを取り出してみると、確かに「きょんこ結婚式」とラベルが張ってある。


「お母さん!!これ、何でさんまが写ってるのさ?!」


と、声をかけると、お母さんも驚き、


「おととい、確かに結婚式のビデオを見たのよ?!あら?!なんで!?
巻き戻しておいたのに!・・・あ!そういえばお父さんが昨日…!」



犯人は父さんだった。


父さんは中に入ってるビデオを確かめもせず、さんまのからくりテレビを予約録画しておいた。
時間と共に上書きされていく
ビデオテープ!



私の一生に一度の晴れ姿は、「さんまのからくりテレビ」に塗り替えられた…

早送りすれば、少しは披露宴の様子も残ってるかと確認してみたが、「どうぶつ奇想天外」が始まってしまった。

今度はみのもんたかよ?!


おやじぃぃぃぃ!!
・゚・(ノД`)・゚・。(慟哭)



がっかりしてうなだれてる私に母さんが追い討ちをかける。


「それにしても、あんた結婚式のとき、めちゃくちゃ化粧濃かったね。
ビデオだと鮮明だったよ。質感が人間じゃないっていうか。
・・・まぁ、とにかく見なくて正解だったから、安心して」



うわぁぁぁん・゚・(ノД`)・゚・。
どうせ私は
超合金戦士ブライダルだよ!!!



こうして私の一生に一度の一大イベントの記録は「見なくてよかった」ものとして、さんまとみのもんたによって封じ込められたのだった・・・

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

セカンドストリート(中古品買取店)に、以前ぶっ壊したラジコン(一応ボンドで修正済み)と返却されてしまうんではないだろうか?という危うい古着たちを売りに行った。
正直、1,000円行けばラッキーぐらいに思ってたら、なんと全部で2,940円になった!!!
嬉しかったので、きらら寿司で寿司食った(^∀^)ウフフ

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2006年04月24日

新婚さんいらっしゃい〜披露宴準備〜

挙式予定日まで、残すところ2ヶ月となった。
披露宴の打ち合わせや、アルバム用の前撮りなどで、結婚式場へ何度か足を運ぶこととなった。

披露宴で司会を担当してくださる女性が

「会場でお二人のプロフィール紹介を致しますので、こちらのフォームに記入して頂けますか?」

と2枚の紙を差し出してきた。
たくま君と私の分とそれぞれ1枚ずつだ。


そこには「子どもの頃の一番の思い出は?」とか「好きな言葉は?」とかいくつかの質問が記載されていた。


私は好きな言葉の欄に、迷うことなく



「ギブアンドテイク」


と書いた。
本当は「目には目を 歯には歯を」が一番大好きな言葉なのだが、花嫁にはふさわしくない気がしたので、やめといた。


用紙を司会者の女性に差し出すと、女性は一瞬、「うっ?!」という困惑の表情を浮かべ、


「…ギブアンドテイクですと、ちょっと花嫁さんっぽくないかなぁと思われるのですが?」


と曖昧に微笑んだ。


何?!
ギブアンドテイクにだめ出し?!(;゚Д゚)



一応、花嫁としての立場を意識し、2番目に好きなギブアンドテイクを選んだのだが、まだ自覚が足りなかったらしい…


ちなみにたくま君は「思いやり」と書いていた。


「ギブアンドテイクですと、ビジネスライクというか、ちょっとガツガツした印象になってしまいますんで、似たような言葉で『持ちつ持たれつ』なんかどうでしょう?」


「あ、じゃあ、それでお願いします。」



こうして花嫁の好きな言葉は
「持ちつ持たれつ」となった。




その後、演出の話に至った。

私が結婚した2002年はNHKのプロジェクトXが流行ってた頃だったので、
プロフィール紹介はぜひともプロジェクトX風味でお願いしたいと頼んでみた。



中島みゆきの「地上の星」をバックに流しながら、我々の幼少の頃の写真をスライドショーで流し、司会者には田口トモロヲの語り口で紹介してもらったら、きっとウケると思ったのだ。


できれば、「プロジェクトX〜挑戦者たち〜
握り飯が結んだ愛」
とかテロップも入れて欲しいとお願いしたが、


「基本料金の範囲外なので、難しいです」


と冷たく言い放たれた。

その後、どうしてもプロジェクトXにこだわるのであれば、用意した写真の一つ一つに、
プロジェクトX風味にこしらえたナレーションを用意してくれと言われた。

そしたら田口トモロヲを意識しながら、ナレーションを読み上げてくれると司会者の人は
約束してくれた。



こうして私はたくま君と相談しながら用意した一つ一つの写真にナレーションを考えたのだった。

例えば、

★きょんこ1歳★

一番古い記憶は、おんぶされながら、ばあちゃんの耳たぶをいじったことだった…

kodomonokoro.jpg


とか

★きょんこ8歳★

狂おしいほど茶碗蒸しがおいしかったので、法事の席にも関わらず奇声を発したのだった…

茶碗蒸し.jpg


とか

★きょんこ20歳★

受付のアルバイトをやってはみたものの、昼メロばりに人間関係がドロドロとした職場に困惑の日々だった…

baito.jpg

とか全部「〜だった…」で紹介してもらうことにした。


こうして準備を重ねながら、いよいよ挙式当日となったのである!

つづく。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

今朝はたくま君が慌てて、上は黒、下は紺色のスーツで出かけてしまったということで一度出かけてから10分後に戻ってきた。
おかげで久しぶりに一緒に通勤列車に乗れた〜〜

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2006年04月14日

新婚さんいらっしゃい〜お部屋探し〜

無事に入籍を済ませ、晴れて新しい名字となった私だったが、相変わらず実家にいた。
たくま君もそのまま実家にいて、そろそろ新居でも探そうかとの話になった。


夏休みに引越ししようと思って、7月半ばから不動産めぐりを始めた。
●●土地建物は私たちの希望する地域の不動産を牛耳っているんじゃないか?とたくま君が言い出した。


ネット検索したときに、●●土地建物の所有物件がけっこう出てきて、しかも賃料が他より割安だったのだ。


「訪ねてみれば、ネットに載せてないもっといい物件を見つけることが
できるかも!」



とのことで、週末に二人で出かけてみることにした。


行ってみると、いかにも商売人といったおじいさんが出てきて、あれこれと私たちの希望を聞いてきた。


「新婚なので、それなりに小奇麗なとこがいいな。」

「絶対駅近くで!地下鉄の駅から徒歩5分以内でお願いしたい」



とあれこれお話をすると、おじいさんが


「では、ちょっと回ってみますか?」

と車を出してくれていくつかの物件を回ることになった。


最初に連れてってくれたとこは●町の1階が薬局の古びたアパートだった。


「ここはねぇ、セントラルヒーティングなんですよ!おすすめです!」


と言われて、中に案内されたら、


どでかいボイラーが台所の脇にずーーんと置いてある。


「こ・・・これは・・・」


セントラルヒーティングと呼んでいいのだろうか?!((((;゚Д゚))))


「まさに自家発電ですよ!」


じいさんの言ってる意味がよくわからなかったが、とにかくその部屋には危険な香りが
漂っていた。


押入れっぽくなってるところを開けると、なぜか壁になっており、明らかに空間があったはずのところが埋められている。


「すいません、これは・・・?」

「ん??あ、あ〜、気にしない!気にしない!設計ミスだったかな、確か!」



明るく笑うじいさんの瞳はその瞬間、
なぜか白目をむいていた。


恐怖を感じ、たくまくんと二人で声をそろえて


「他の物件を見せてください」


と言った。
次につれていたかれたのは、●橋の大通り沿いの古いマンションだった。


陽の光があまり注がれておらず、暗く陰惨な雰囲気が漂っている。
部屋と部屋の間の廊下のあちこちに、大きなつぼがおいてあり、不思議に思ったので、聞いてみた。


「これはね、共同ゴミつぼなんですよ!ここにゴミを入れておくと、係の者が集めてゴミに出してくれますから!便利でしょ?!」



共同ゴミつぼ…

確かに階下に下りて収拾場まで持っていかなくていいのは助かるが、それって常に廊下にごみがあるってことだよね…

嬉しいんだか、嬉しくないんだか微妙な
システムだ。



さらに不安なことに部屋数がある割には人の気配がなく、表札もはっきり見えなくて、なんとなく辺り一帯に生気が感じられない。

じいさんは、案内する空き部屋がどこだったか忘れてしまったらしく、


「ここだったかな??」


とかブツブツ言いながら、いくつかのドアノブを回し始めた。
二つ目のドアは開いたが、何だかおっかない感じの人が奥の方に座ってるのが見えた。じいさんが


「すいませんねぇ〜!ゲヘヘ!」


と笑ってごまかしながら、慌てて閉めた。

4つめぐらいで、また開くドアがあり、


「おお!ここだ!ここだった!」


とドアを開け、中に案内してくれた。

家具などは一切置いておらず、人は住んでいないようなのだが、風呂場を見せてもらったら、なぜか床が濡れている!(´д`;)


じいさんもちょっとの間、固まっていたが、


「お風呂場、もういいよね?」


と言って、猛スピードで扉を閉めた。

その後も、うさんくささ満載の物件を見せ付けられ、私たちは疲れ果てた。


「普通にキ●キホームにでもいってみない?」


私はたくま君に切り出し、次の週にはキ●キホームを訪れた。

キ●キの薦める物件は申し分なかった。賃料は少し、予算オーバーしたし、駅からも5分をちょっとだけオーバーしちゃったけど、かわいい外観でとても新婚さんチックな物件を
2件紹介してくれた。


んで、めでたく新居決定!


8月のお盆休みに引越しをして、晴れて新婚生活がスタートしたのだった。

IMG_0392.jpg

最初はきちんと寸法をはからなかったので、カーテンがつんつるてんだった。
それも今ではいい思い出だ。


ちなみに、先日、●●土地建物の前を通ったら、張り出し物件も全部外され、事務所そのものが閉まっていた。

・・・つぶれたっぽい(´д`;)
じいさん、今頃どうしてるんだろう??


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

朝、慌ててたら右目のコンタクト入れたつもりで入ってなくて、もうどこを探しても見つからなかった。
家に帰ってきたら、洗面台の脇にカピカピになったレンズが落ちているのを発見!!
ソフトのはずなのに、めっちゃハードな触感!!
ちきしょう〜〜(⊃д`)

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2006年04月05日

結婚までの道のり〜たくま失踪〜

お互いの家族への挨拶もすみ、とんとん拍子で4月には結納の運びとなった。

5月からたくま君が仕事の都合で東京に1〜2ヶ月出張に出ることになっていたので、先に結納だけ済ませましょうということになったのだ。


結納の日にはたくま君はばあちゃんとの約束の100万円を本当に用意してくれて、うちに納めてくれた。


ばあちゃんは嬉しそうに

「きょんちゃん、これで嫁入り道具を買いにいかなきゃね♪」

と語った。


「結婚式は10月の予定だけど、せっかくだから入籍は6月にしようか?
一応ジューン・ブライドになるよね?」



とのたくま君の提案で、入籍日は6月に決定し、私は一人仙台で彼の帰りを待つこととなった。


6月も終わりになって、たくま君が戻ってきて、一緒に入籍届けを出しにいける日は
6月最後の土曜日となった。
二人とも仕事の都合で、なかなか平日に役所に行く暇がなかったのだ。


土曜は区役所はお休みだけど、守衛さんに渡すと入籍日として認められるので、それでいいよね?って感じだった。


6月は二人の誕生日でもないし、日にちも特にゴロがあってるわけでもなかったので、
時間ぐらいはぴったり何かにあわせたいってことになり、午後1時11分に入籍しようと約束した。

「1歩1歩着実に夫婦の絆を築いていきましょう」という意味でいいんじゃない♪なんて話していた。



約束の当日、たくま君は12:30にうちに迎えにくることになっていた。


「あんたもいよいよ別の家の人になっちゃうんだねぇ・・・」


なんて母親としみじみと語りあっているうちに、あっという間に時間は過ぎていた。
12時半を過ぎたが、たくま君はまだ現れない。


どうしたのかな?と思いつつ、待っていたが、12:45を過ぎても現れない。


「何やってんだよ、あの馬鹿」


ブツブツ文句を言いながら、たくま君の携帯に連絡をとったが、「電源が入っていないか、電波の通じないところにおられます」のメッセージ。


?!

慌てて、たくまくんちの実家にお電話すると、お母様が出て、

「たくまなら、朝早くに出かけましたよ」

とののんきな返事。


すでに出かけてる?!(゚Д゚;)
なんだよ?!
何やってんだよ?!



小パニックになりながら、またたくま君の携帯に電話するが、つながらない。

時間はすでに13時を過ぎてしまった。

お母さんが横で、

「・・・たくまくん、気が変ったんじゃない?」


「不吉なこと言うんじゃねぇ!!」



なんだよ、やっぱり衝動的に結婚決めたのがいけなかったのか?!

それとももしや事故?!

いや、事故だったら、どっかから連絡くるよな!



あれこれ考えつつ、何度もたくま君に連絡をとるがつながらない。
時間はすでに14時を過ぎた。

もう、どうでもよくなってきたので、


「婚約解消!解消!解消!
あはは〜〜ん!」



と私は居間でゴロゴロしながら煎餅を食い始めた。
母さんも父さんもすっかり緊張感を失い、父さんは追い討ちをかけるように私に


「納品前に突っ返されちまったなぁ!
クーリングオフ適用で100万円も返せって言われんのかね?」


とゲラゲラ笑った。


「うるせーーー!!
クーリングオフは7日以内だから、もう返品させねぇよ!!
契約(結納)してから2ヶ月たってんじゃんかよ!」



と悪態をつきながらも、心ではちょっぴり泣いていた。



私、彼に何か変なこといったっけ?

東京に2ヶ月いってる間に、何かあったのか?

それにしても、直前で逃げ出すなんて
卑怯じゃねぇか?!



などとモンモンと考えつつ、煎餅をバリボリかじっていると、ふいにたくま君がやってきた。
時は午後3時。


「どうしたのさ?!
どこにいってたんだよ??!!」


絶叫する私。

「へ?いや、別に…」


「いまさら何しに来やがった?!
この馬鹿野朗!!」



「え?役所にいくんでしょ?迎えにきたんだよ?」


たくま君は私が何で怒ってるのか本当にわからないという顔をした。
あまりにも悪びれず、普通に突っ立っているものだから、私も怒りを抑えて

「…ちゃんと結婚する気で来たの?」

とゆっくり聞いてみた。

「うん、そうだよ。何、怒ってるの?」


結局、この日のたくま君の半日近い失踪劇は、いまだに謎に包まれたままである。
本人が何をしていたか覚えていないというのだ。
(ウソかもしんないけど)



結婚記念日のたびにあの日、あんたはどこで何をしてたんだ?と聞いてみるけど、「覚えてない」という。

マリッジブルーに陥って、どこかを彷徨っているうちに考え直して、戻ってきたのかなぁ?と私は思うのだけど…。


「車屋にいったような気がする…。あとは何も…。気がついたら、きょんこちゃんちに迎えに来てた。」

とたくま君は本当になんにもわかんない顔をして言うのだ。

結局私は府に落ちないながらも、たくま君に連れられて、区役所へ行き、二人で入籍届けを提出した。


「3時45分でいいかな?」


時計を見ながら、守衛さんがそう問いかけてきたので、

「あ、はい」

って答えると、目の前の紙に守衛さんがその日の日付と時間を記入し、


「おめでとう!」


と言って笑ってくれた。


こうしてこの日からたくま君と私は正式に夫婦になった。
その後、3時45分に無理やりゴロあわせ。

「さ(3)−!し(4)あわせに向かってGO(5)!」ってことにしといた。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

会社から大入袋の代わりに全員参加必須の温泉1泊がプレゼントされた。
先週末にメンバーと温泉行ってきたが、いくつになってもみんな、下ネタ大好物!
図解説つきで、数々の下ネタが紹介された。
久しぶりに死ぬほど笑いました。でも、文面化できない内容で残念です。

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2006年03月29日

結婚までの道のり〜返品不可〜

いよいよたくま君が我が家へ結婚の挨拶にくることとなった。
夕方にたくま君連れてくるよとお母さんに話し、たくま君とこに行ったら、すでにスーツを着込んでいた。

まだ午前中だったので、

「夕方行くんだから、まだ着なくていいよ」

といったけど、

「もう着ちゃったんだからいいでしょう!!!」


と緊張のあまり、妙にヒステリックになっており、どうでもいいことで声を荒げる始末。

こりゃいかんと思い、カラオケボックスに連れて行き、一緒に歌を歌ったりして励ました。


「うちのオヤジはただのデブだよ〜♪
全然怖くないよ〜♪
あんたんとこのマフィアのほうが怖いよ〜♪」



と話して聞かせた。


実際、オヤジの恐怖度でいったら、たくまくんちの父さんのほうが見た目は怖いのだ。


立派なヒゲを生やしてて、葉巻を吸うし。
見た目、香港マフィア。




たくま君ちには猫の他に、一体何年生きてるんだ?と思われるでかい亀も2匹おり、いつも大型水槽の中で暴れている。
たくま君ちに、友達が遊びに来ると、たくまパパが現れ、


「ただで遊んで帰るつもりかい?
(亀の)水槽を洗っていきなさい。」



と有無を言わさず、亀の世話をさせるのだそうだ。

高校生、大学生になっても、たくまパパはたくま君の友人を見かけると、必ず水槽の掃除をさせるので、
友人たちからは「亀マフィア」と恐れられていたという。



カラオケして、リラックスしたのか、たくま君も徐々に普段の落ち着きを取り戻し、適当に時間をつぶして、いざ私の実家へと向かったのだが、2月にも関わらず、彼は汗だらだらだった。


家に行ってみると、めったに掃除をしない、うちの実家の居間がこれでもかというほど、
きれいに整理されており、幾分押入れが膨らんでいるように見えた。

…突っ込んだな、母さん。


思わず

「うちって案外、広かったんだねぇ〜」

と呟いた。


父さんが落ち着かないのか、巨体をざぶとんの上でゆすっている。

ばあちゃんと、母さんと父さん、そして呼んでもいないのに、興味本位で妹や弟も現れ、居間は人でいっぱいになった。

弟はたくま君の顔を見るなり、


「スネ夫に似てる!」


と失礼なことを言い出し、たくま君が狼狽。


ばあちゃんはたくま君が結婚の挨拶を始める前から、


「きょんちゃんと結婚するなら100万円
よこせ!」



と言い出し、さらにたくま君は困惑。

*のちにたくま君は本当に100万円を用意してくれた。



こうして外野がごちゃごちゃ勝手に話し始める中、私がそれを遮り、たくま君に自己紹介してもらった。


父さんが仕事や、健康状態についてたくま君に質問し、さらに一緒に釣りに行きたいからか、

「釣り、好き??」

とか、どうでもいい質問まで繰り広げたが、たくま君は汗をかきかき、穏やかに、丁寧に回答した。

最後にはしっかりと

「大事にしますんで、きょんこさんを
僕に下さい!」


と言ってくれた。父さんはちょっと黙った後で、


「…返品不可だからな。」


と答え、結婚は了承された。
あとはわきあいあいと寿司をみんなで食べた。


安心したたくま君がテーブルの下で私の手をきゅっと握って、にこっと笑ってくれた。
汗っかきの、その手は案の定、ぐっしょりと湿っていたけど、私はすごく嬉しかった。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

たくま君の弟は東京でテレビ番組のADをしている。
先日は、安田大サーカスのヒロの衣装探しに奔走したとのこと。

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2006年03月27日

結婚までの道のり〜幸せにします〜

たくま君と私の間で結婚を決めたのはいいものの、親へも報告しなくてはいけない。

最初に私がたくまくんちに挨拶することになった。


お母さんに結婚する相手んとこに挨拶に行くんだ〜って話をしたら、一瞬、驚いた顔を見せたものの、すぐに

「健康診断書を持って行きなさい!」

と言い出した。


「へ??何で?」


と聞くと、


「結婚するんであれば、向こうのご両親だって、嫁の健康状態が気になるだろうし、こっちだって、向こうの健康状態が気になるじゃない?

先に診断書見せておけば、向こうも多分見せてくれるでしょ?
あんた、ちゃんともらってくるんだよ。」



と言われた。

一生を共にする相手だもんな、なるほど!と思い、半年前に会社で受けた健康診断の結果を持って、たくまくんちに行った。


たくまくんちの父さんと母さんはうちの両親とタイプが違って気品にあふれる人だった。


お父様は立派なヒゲを蓄え、でっぷりとソファに腰かけ、お母様はまばゆい貴金属を見に付け、にこやかに微笑んでいた。


そして、うちでは見たこともないようなきれいなカップにおいしい紅茶を入れてくれた。

すぐ横のカーペットにはよく肥えた2匹の猫が死んだように眠っていた。
たくま君から、その2匹の猫の名前は事前に聞かされていた。


オズラカメンと
ミケランジェロ。



何やらたいそうな名前だ。
とりあえず猫をほめとけとたくま君に言われていたので、私は営業で会社訪問したような感覚で、


「いや〜〜、丸々としてかわいい猫ちゃんですね〜!」


と言っておいた。


「ははは!
ほら、オッズとミッケも起きて挨拶なさい。」



お父様に促され、猫2匹が「ナ〜〜オ」と言いながら這い上がった。

どうやらオッズとミッケがオズラカメンとミケランジェロの愛称らしい。


「猫はお好きかね?」

と突然聞かれ、

「大好きです!!」

白猫のオッズのほうを高々と持ち上げてみせた。

たくまくんが慌てて、「持ち上げなくていいよ!!」といったので、すぐ猫をおろした。


あ、そうだ!健康診断書!
母さんに言われてた健康診断書のことを思い出し、それをごそごそとバックから取り出して、テーブルの上に出し、挨拶もそこそこに


「実はたくまさんと一緒になりたいと思ってるのです。」


と切り出した。
たくまくんは、「ゲッ!話が早すぎるよ!」みたいな顔してたけど、どうせ今日挨拶にくることは話しているのだから、さっさと済ませたほうがいいと思ったのだ。


「この通り、身体もしっかり健康ですよ」


と診断書も広げてニコニコとして見せた。
今、思うと何でこんな馬鹿な挨拶の仕方をしてしまったんだろうと恥かしく思う。

明るく元気な娘が好きみたいと、たくま君からご両親の話を聞いていたので、
とにかく健康度をしっかりとアピールしなくてはと思ったことはよく覚えている。


幸い、ご理解のある優しいご両親で、終始、笑顔で私とたくま君の話を聞いてくれた。


私自身はよく覚えていないのだが、後から聞いたたくま君のお母様の話によると、私はこの挨拶訪問の際に、たくま君の肩をポンポンと叩きながら、

「絶対、幸せにしますから!!」

と豪語していたらしい。
話が弾むと勢いで、ガンガンしゃべるタイプなので、そう言われれば、言ったかもしれない…


けれども、この様子を見ていて、お母様は安心したんだそうな。

「どちらかというと控えめなたくまには、ちょうどいいかも」

と。
結婚から丸4年経とうとしている今でも、とても優しいご両親で、私の誕生日や結婚記念日には自分の娘のようにお花や、靴、洋服をプレゼントしてくれる。


こうしてたくまくんのご両親への挨拶を終え、いよいよたくま君が我が家へ挨拶にくることとなったのだった。  …つづく

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

今日は荒川静香が一番町で凱旋パレードやってたよ。
会社出られなかったから見にいけなかったよ…
努力の結晶の金メダル!改めておめでとうございますm(__)m

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2006年03月17日

結婚までの道のり〜アリンコに感謝〜

たくま君との馴れ初めの続きです。


ちゃんとお付き合いを始めて3ヶ月たった2002年の1月ぐらいに、結婚式場でやってるイベントにカップルで参加すると、ただでケーキとかご飯とか食べれていいよ♪という情報を友達からもらった。


まだ社会人2年目だったので、結婚なんて考えもしてなかったけど、ただでいろんなもん食えるなんてすげぇ!!と喜び勇み、たくま君にデートがてら結婚式場めぐりをしようと話した。


たくま君は一瞬ぎょっとした顔をしたが、
タダ飯を食べたいだけ!と強調すると、それならOKということで、最初は×××ガーデンパレスに行ってみた。


ここではドレスのファッションショーを見せてくれた。
あと、実際の披露宴で出されるというメインディッシュのお肉のかけらと、小さいケーキを食べさせてくれた。


思った以上に食えなかったので、かえって腹が減った(´・ω・`)ショボーン



式場の人に「ご予定はいつごろで?」とかいわれて、まったく何も考えてなかったから、


「いや、まだ決めてません…」


と苦笑いしたら、向こうも何か察したのか、それ以上つっこんでこなかった。



次の週には仙台××ホテルに行った。

ここは模擬結婚式で私とたくま君にケーキ入刀をやらせてくれて、その上、記念写真まで撮ってくれた!!

他の見学に来ていたカップルの前で拍手までしてもらっちゃって、何だか少し結婚に対して乗り気になってきてしまった。

たくま君は「結婚式って素敵だねぇ…」
と呟き始めた。



帰り際にスカイラウンジでのステーキ食事拳まで頂いた。
目の前でシェフがステーキを焼いてくれて、めちゃくちゃ美味しかった!!


式場の雰囲気にうっとりしているたくま君を尻目に、私はさらに無料で食事にありつける結婚式場を探した。



次に訪れたのが、パレス××だった。

ここはドレスを着せてくれて記念撮影してくれた上、結婚式で出される食事のフルコースを食べさせてくれた。


そのうめーのなんのって!!
幸福の絶頂!!




ここの営業さんが、なんとなく虫のアリに似た感じの人で、気さくに話しかけてくるのだが、たくま君の心をうま〜く、くすぐるのだ。


「今、こちらの披露宴会場ですと、キャンペーン中ですので、かなりお手ごろ価格ですよ。時期的には10月なんかお勧めですね」


「会場のテーブルクロス、お花やキャンドルに至るまで、お客様の自由に選べるオーダーメイド方式なんですよ」




私は食べ物メインだったので、「ふ〜ん、ふ〜ん」と聞き流していたが、たくま君はここ最近の式場めぐりで、結婚に対してのあこがれが強まっており、目つきが本気になってきていた。


そしてこう言い放ったのだ。


「では、10月の予定で、
会場を押さえていただきたいのですが」



ええええっ??!!(゚Д゚;)


一瞬、何が何だかわからなくなったが、たくま君にやさしく、


「いいよね?きょんこちゃん」


と言われて、おもわず


「う、うん」


と答えた。
今、思えばこれがたくま君からの
プロポーズだったのだ。



こうして、私とたくま君はコンビニでの出会いから約半年というスピードで、アリンコさんの巧みな営業トークとフルコースの食事につられて、結婚することになった。


何だか突然の結婚決意になってしまったが、式場のアリンコさんを前に、「10月でいいよね?」とたくま君に言われたときに、多少戸惑いながらも「うん」と言えたのは、

1年後だろうが、2年後だろうが、いつかはこの人と一緒になるだろうということはすでに確信していたから。


ただ、この頃は私は一度も大暴れしたことはなかったので、
たくま君からは最初の大喧嘩のあとに
「詐欺師」とか「サイヤ人」って言われたけどね…(´д`;)




物語ならここでハッピーエンドだが、現実はここからがスタートとなる。

 
親への挨拶、入籍に新居選び、式の段取りetc.…

そして日を重ねていくごとに、思った以上に強くたくましく変貌していく花嫁を前にうろたえるたくま君…

6月の入籍までの間に、カカア天下の図式はすでに形成されつつあった。

…つづく。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

イナバウアーは腰をそらせることじゃないんだよ。
本来は足を大きく広げてすべることなんだよ。
あれは荒川オリジナルで腰をそらせてるだけなの(´д`;)
「悪魔のイナバウアー」って何やねん。

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2006年03月16日

結婚までの道のり〜駄菓子屋の思い出〜

たくま君とのなれそめの続きです。


たくま君といろんな話をしているうちに、お互いの年齢や、実家の話になった。
たくま君は若く見えるけど、私より5歳年上で、出身校こそ違っていたが、実家もそんなに離れていないことが判明した。



「うちは理容店なんですよ。私が小5までは駄菓子屋だったんですけどね」


と話をすると、たくま君が興味をもって、


「何て名前の駄菓子屋?」


と聞いてきた。


「××商店です。でも、建物の外観からか、近所では『さんかく屋』って呼ばれてましたけどね」



「えっ!!!さんかく屋?!」



さんかく屋に食いつくとは思わなかったので、びっくりした。


「さんかく屋のあの角っちょのだよね?!

ぼく、大学生のときに親が今の家を建てるまで、さんかく屋の近くのマンションに住んでたんだよ。

子どもの頃はよく、遊びにいってたんだ!」




「そうなんですか(^∀^)何だか嬉しいですね」




私がのほほんと答えていると、たくま君がやや興奮しながら、


「もしかして、あのお店をいつもうろちょろしてた女の子がきょんこちゃん?」



と聞いてきた。
うちの駄菓子屋はお菓子を売ってるだけでなく、アーケードゲームも何台か置いていた。
確か1ゲーム50円だったと思う。


「高橋名人の大冒険島」とか「北斗の拳」とか「パックマン」とか、いくつか種類があって、2〜3ヶ月のスパンでそれらは入れ替わっていた。

たかはし.jpg 


hokutonokenn.jpg


ゲーセンなど近所にはなかった時代だったので、よく中学生とか小学生の群れがゲームをしに、うちの駄菓子屋へ遊びに来ていたのだ。


私は中学生がゲームしてるのを横でじっと眺めていたり、お店のわた飴機でわた飴を作って食べてたり、アイスクリームを持ち出したりして、店の中をよくふらふらしていた。


「たしかに、私は小学校低学年のころはよくお店で遊んでました。もしやあのお客の群れの中にたくま君も?!」



「うんうん!!あの小さい女の子がきょんこちゃんだったんだなぁ!!
あ!あれ!さんかく屋って昔、コスモスおいてあったよね?!」



「あ〜!あのでっかい100円のガチャガチャみたいのですか?」


今では見かけなくなったけど、
当時、ガチャガチャよりも、ちょっと高級な印象の「コスモス」というおもちゃの自動販売機があったのだ。

こすもす.JPG


「きょんこちゃんとこのおばあちゃん、コスモスの当たりくじ持っていっても、景品と取り替えてくれなくてさぁ〜

おばあちゃんの後ろに僕の当てた景品が積まれてるのが見えるのに、「ない!」って言い張るんだよね…



「すんません(´д`;)ひ孫の私がコスモス当てた時も、

オルゴールの引き換え券だったのに、
ゴリラの変なおもちゃをあてがう一風変ったひいばあちゃんだったんです。



このときは嬉しそうにして、当時の私の様子については特に何も言わず、店の思い出話に終始したたくま君だったが、のちに、


「実際、あのちっちゃいきょんこ、ゲームしてるときものぞいて来たり、うろうろするもんだから邪魔だったんだよね…」


と話してくれた。
…余計なこと言わなくていいよ。


こうして、私たちはお互いに近い距離にいながらも、

錯角線のようにすれちがったまま、接触することもなく成長し、

そしてお互いが大人になった後に、再びめぐり合えたのだった。



運命なんて大それたものではないけれど、子どもの頃に、お互いが共有した場所があったということには、何だかくすぐったい嬉しさがあった。


こうしてすっかり波長のあった私たちは、この年の11月から


「(恋人として)つきあってるんだよね?」

「うん、つきあってるよ。」



となんとなく確かめ合って、ちゃんとしたお付き合いを始めたのでした。
…つづく。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

ビビる大木、急にやせてない??

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2006年03月15日

結婚までの道のり〜汗にまみれた愛〜

暇なので、たくま君とのなれそめを語ります。

たくま君との初めて言葉を交わしたのは2001年の5月ぐらいだったと思う。


当時、私は広瀬通のとある事業所で営業として働いており、たくま君もその近くの会社でSEとして働いていた。

営業だから、ほぼ外に出ていたけど、昼休みは社内で、過ごすことが多く、近くのファミマで弁当を買う事が多かった。


ファミマにいくときに、


「なんか買ってきてほしいもんありますかぁ?」


と社内に声をかけると、みんなおにぎりだの、カップ麺だのを頼むので、そのお使いも兼ねて昼休みはファミマへ行くことが私の日課となっていた。


ある日、いつものように、みんなのおにぎりを物色していたところ、持っていた肉味噌おにぎりをごろっと床に落としてしまった。


「あ!」


「大丈夫ですか?」



それを拾ってくれたのがたくま君だった。


ファミマではよく見かける人物だったが、話をしたことはなかった。


「ありがとうございます」


私はおにぎりを受け取ると、
店の棚に戻さずに、それを購入して、
F岡リーダーに渡した。



床に転がったおにぎりとはいえ、私とたくま君の将来を形作ったおにぎりを口にしたのだから、F岡リーダーも今となっては喜んでくれるに違いない。


それから、また別の日にファミマでたくま君を見かけたときに、私は思い切って自分から声をかけた。


「こないだはどうもありがとうございました」

「あ、どうも」



たくま君も私を覚えていてくれた。


「この近くの会社なんですか?」


「はい、このすぐ横の会社なんですよ」



その日はそんな簡単な話をして終わった。
また別の日にたくま君を見かけたときは、彼から話しかけてくれて


「いつもお昼、お弁当なんですね。
あの、もしよかったらたまには一緒に外に食べに行きませんか?」



と誘ってくれた。


こうして私たちの初デートは会社の昼休みのランチとなった。
ゆうせんで寿司セットみたいのを食べたことを鮮明に覚えている。うまかったよ。


このとき、電話番号、メアド、果てはヤフーメッセンジャーのIDまで交換し合い、お互いにPC関連の会社に勤めていた我々は
仕事しながらヤフーチャットで親交を深めたのであった。


真夏になると、汗っかきの私は、水色の半そでのシャツを紺色に染め上げるほどの大量の汗をかきつつ、たくま君とランチを楽しむようになった。


「汗っかきで、すっごい恥かしいんですよね〜」


なんて笑って話していた。


後日、たくま君に聞いたところによると、普通、女の子が「汗っかき」といっても、たかが知れているのに、私が尋常でない汗をほとばしらせていたもんだから、正直かなりの衝撃を受けたそうだ。


でも、汗なんか気にせずに、豪快に笑いながらしゃべりまくる私を見て、好感を覚えたという。


なぜならたくま君も類をみない汗っかきだったから。


その後、二人での初めての遠出がなぜか山形のリナワールドとなった。
このとき、初めて手をつないだ。


たくま君がそっと伸ばして、つかんできた手は汗っかきゆえ、かなり湿っていたが、私はそれを気にせずにぎゅっと握り返した。


それがとても嬉しかったとたくま君は語ってくれたことがある。
こんなにウェットな手を握り締めてくれるなんて!!と感動したそうだ。


ただ、実際、握り返してくれた私の手のほうが思いのほかウェットだったので、それはそれで度肝を抜かれたらしい。


こうして汗にまみれながら私たちの愛は深まっていった。 

つづく…。
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2006年03月03日

怒りで壁を破壊する

前にも話しましたが、私は以前はあるメーカーに勤めていました。


コンサル営業だったんですが、ここの会社、東京以外には専用のサポートセンターなんかおいてなくて、なんと地方では、営業が日替わり交代で、一人で「サポートセンター」を演じていた。


「はい、×××サポートセンターです」

なんて言って、電話とりますが、サポート人員1名。しかも普段はただの営業マン。
センターと呼べる代物ではない。


東北6県(たまに関西がつながらないから、北から順番に電話してヒットしてくる関西人含)の電話を丸一日一人で受け続けるわけだから、

電話応対が大嫌いな私にとっては、「サポートセンター」当番の日は、それはそれはもう地獄の苦しみだった。


サポートセンターの電話ってのは最初から怒ってるお客さんか、パニクってるお客さんが多い。

そのうえ、いつも電話はつながりにくいもんだから、つながった瞬間にはすでに怒りがMAXになっているお客さんも少なくはない。


SQLサーバーがらみのエラーんときは、それなりの規模の会社さんからのサポートが主なので、サポートの中身そのものでは苦労しても、電話をかけてくる相手で苦労することはあまりない。
ちゃんと理性がある人のが多いから。



問題は個人商店や小さい会社のお客さん。
こういうとこの担当者は家族経営が多くて、自宅感覚&訛り丸出しで、電話してくることが多い。
もはや何をいってるのか、日本語を聞き取るのさえ困難な状況なのだ。


その日も声からして70過ぎぐらいのじいさんから電話があった。



「あのよ〜、うまく印刷できねぇんだがよ〜!」



第1声がこれ。
会社名も何も告げず、単刀直入に切り込んでくる。
そういう電話も多いとはいえ、やっぱりカチンとくる。


私は小さく心の中で「シネ」と呟いた。


「申し訳ございません、お客さま。最初に製品番号を頂戴してよろしいでしょうか?」


「んだ?!おれぁ、わがんねぇんだ、そんなもん!
いいから印刷できるようにしてくれや!」



恐ろしいことに数字も読めないジジイのようだ。


製品番号やバージョン情報を聞き出すことで、お客さんがどんな製品を使用しているのかがわかり、サポートがスムーズに行えると同時に、不正ユーザーからの電話があった場合に、察知することができる。
だから製品番号を聞きだすことはサポートの鉄則となっている。


・・・

とっかかりの製品番号を聞きだすだけで、およそ20分は費やしたでしょうか?



その後もジジイの話は支離滅裂で、難解なばかりか、何とか理解して説明しても、何度も同じことを言わせやがる。

話もろくに聞けないらしい。
しかもこういうジジイに限って、なぜか傲慢で、威張り腐っているのだ。


そのうえ不運なことに耳が少し遠いジジイだったので、「聞こえねぇ!」とか言われてるうちに、苛立ってきてジジイの耳、つんざいてやろうかと思い、



「ですから!!!
先ほどから何度か申し上げてますように!!!」




とがなりたてたその瞬間だった。


「ちょっと!電話いったん置きなさいよ!」


といつもろくに電話もとらない事務のお局に注意された。
ジジイをなだめて、電話を保留にすると、お局は


「お客様に『ですから』なんて表現使うなんて失礼でしょ?!何回も説明してやってるって態度がでちゃってるわよ?!声も大きすぎ!!」



「・・・まじで、何度も同じこと言わされてるんです。それに耳が遠いおじいさんなんです。」



「言い訳すんじゃないわよ?!」



このやりとりで私はこの腐れ事務員にもみるみる怒りがこみ上げてきた。



「じゃあ、てめぇがお手本にあのクソジジイとしゃべってみろよ?!」




といいたいぐらいだったが、この事務員はいつも口ばっかりで電話がいくらなっても手なんか出さない馬鹿野朗。

その上、「サポートセンター」の電話は何があっても、その日担当となったその人だけが電話に出なければいけないという謎の社内ルールまで存在していたので、言ってもムダなのはわかっていた。


黙って私は席につき、再びジジイとの悪戦苦闘を続けたのだった。
ジジイから解放されるのに1時間半以上は費やしたと思う。


くたくたになりながら、あんな電話を今日、引いてしまった自分の運命を呪いつ、そして腐れ外道の事務員をさらに呪った。


トイレに行ったら、誰もいなかったので、個室で

「うおおおおおおおおおおお!!!」

と一声あげ、思いっきりサンダルで壁を蹴り飛ばした。


バコッ!!!



瞬間、私の右足は壁をぶち破っていた!!
壁にばっくり穴があいてしまったのだ!!((((;゚Д゚))))



ヒィィィ!どうしよう!?
小パニックに陥りながらも、人がいないのをいいことにそのままその場から逃げた。


知らん振りして、普通にまた「サポートセンター」をやっていると、15分後ぐらいには、
ユサさんという女性の先輩が


「ちょっと、ちょっと!びっくり!
トイレの真ん中の個室の壁に大きな穴があけられてたわよ!!!
気持ち悪い!変質者の仕業かな?」



と血相変えてやってきた。


「…怖いですね、そうですね、きっと変態の仕業ですよ」


と力なく答えた。
今、ここにこうしてユサさんの目の前にいるのが、その変態ですとは言えなかった。


壁の補修費用っていくらぐらいかかるんだろう?
請求はあのクソジジイと事務員にあげてくれるならまだしも、自分は絶対払いたくない。


大体、新しいビルだし、トイレだって立派できれいだから、あんな簡単にぶっ壊れるなんて思わなかった。
ほんのストレス発散のつもりだったのに…。


恐るべしヒールの威力。
だてにかかとにすべての重力を背負ってるわけじゃないんだね。

力点の作用によって、起きたミラクルか?でも、私にとっては不運なミラクルだよ…


2日後ぐらいに、業者がやってきて、壁の補修工事が始まった。
「犯人は現場に戻る」とよく言われているので、疑われないよう工事の様子をのぞきにいきたいのを我慢した。


ドゴドゴドゴって音がするのは壁の穴を埋めているのだろうか?
私は工事が終わるまでの間、青い顔をしてひたすら、何事もなく時間が過ぎていくことを祈った。



工事のお兄さん、頑張って!
早く壁を元通りにして!!
そしてみんな壁に穴があいたことなど忘れちまえ!!




こうして私は補修費用を請求されることもなく、この秘密を2年半保ち続けた。
その会社を辞めるとき、最後にみんなにご挨拶するときに、ユサさんに

「あのときの『変態』は私です」

と一言、告白して去りました。
皆さんもトイレでストレス発散にひと暴れするときはくれぐれもご注意くださいね。

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もっと脳を鍛える大人のDSトレーニングを買って、トレーニングしているが、いまだに脳年齢が20代にたどりつけない。
たくまくんは1回で20代をはじきだしたので、なんか悔しい。
【新品】DS もっと脳を鍛える大人のDSトレーニング

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posted by きょんこ1210 at 15:37| Comment(11) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月23日

テルブで小学生だと言い張る

昔、4号線バイパス沿いに「東北健康スタジアム・テルブ」という施設があったことをご存知だろうか?


プールと温泉併設の総合健康ランドで、昔、チャック・ウィルソンが筋肉をムキムキ言わせながら、


「ミンナモ オイデヨ!! キタエヨウゼ!」


ちゃっく.JPG  moza.JPG

とかなんとか言って、親指を立てながらコマーシャルをしてくださっていた
あの「テルブ」だ。
どうやらいつの間にかつぶれてしまったらしい。


小学校から中学校にかけて、産業道路沿いの東北健康センターとテルブには、よく親に連れて行かれてたので、廃業してしまったことがちょっぴり悲しい。


健康センターもお化け屋敷みたいになっちゃってるし、土地の買い手もつかないまま放ったらかしになってるようだ。


テルブといえば、記憶に残っている思い出がある。

入場の際に、券売機で入場券を買うのだが、そこに子ども料金と大人料金がある。
小学生以下が子ども料金で、中学生からは大人料金だ。

いつも母さんにまとめて買ってもらっていたのだが、ある日、中1の私に母さんが、


「あんた、子ども料金で入っちゃいなよ」


と言ってきた。
入場ゲートのとこにはテルブの店員さんがいて、大人が子ども料金で入らないよう見張っている。

少し、不安を感じつつも母さんに子ども料金のチケットを渡され、ゲートを無事通過!
私は、券売機の前で様子を伺う母さんに


「通れたよーー!!」


と喜びを伝えた。


「しっ!!黙ってなさい!!!」


母さんがあわてて顔をしかめる。

まぁ、私は背もそんなに高くないし、痩せてちっこかったので、小学生5年生といっても
十分通用するぐらいだったから、通過は当然の結果と言えた。


だが、母さんは私が通過したのをいいことに、
兄ちゃんまで子ども料金で通過させようともくろんだ。


そのとき兄ちゃんすでに中3。


私と違って、成長著しい方だったので、
明らかに小学生には見えなかった。


下手したら、中学生にも見えなかったし。


だって兄ちゃん、すでに小学生のときから登校前に電気かみそりでひげを剃るワイルド派だったから。


券売機の前で母さんと兄ちゃんがもめているのが見える。


terubu.JPG


兄ちゃん、抵抗。

母さん、無理やり兄ちゃんに子どもチケットを握らせる

兄ちゃん、チケットを投げる

母さん、拾ってまた渡す



そんなやりとりを周りの迷惑も顧みず、何度か繰り返していた。
もうすでに明らかに不審顔の店員が母さんたちをチラチラ見てるし。

子ども料金で兄ちゃんがゲートを通過するのは不可能に思われた。


あきらめ顔の兄ちゃんがゲートをくぐる。
店員がかけよる。

「…きみ、小学生じゃないよね?
大人だよね?」



詰めよられている兄ちゃん。
券売機のあたりでなぜかガッツポーズで兄ちゃんを励ましている母さん。


「差額料金をお支払ください」


兄ちゃんににじり寄る店員の前に真打ちが登場した!!


「そのこはうちの子だ!!
小学生だぞ!!!」



ズガーーーン!
父さん!!




一瞬たじろぐ店員。


「あ、お父様ですか?いや、あの、でも、このコ小学生ではないですよね?」


「小学生だ!!」


「・・・ひげが生えておられるようですが?」


「小学生だ!!!」


そして今時ヒゲが生えている小学生など珍しくないと父さんは断言したのだった。
(実際、兄ちゃんは小学生のときからヒゲが生えてたので)


その後もしばらくもめてたみたいだけど、私はそのまま先に風呂場に妹といっちゃったから、結局どうなったのか覚えてない。


ただ、それ以降は母さんも父さんも無言で、私と兄ちゃんには「大人料金」のチケットを素直に渡すようになった。

あの日の戦いは敗れたのかな・・・?


テルブ及び健康センター亡き今、現在、我が家族の憩いの場は、コロナワールドや極楽湯となっている。
テルブはテルブで極楽湯に破れて消え去ったのか…?

弱肉強食の世を感じます。
チャック・ウィルソンの筋肉も
ケント・デリカットのメガネ芸のインパクトには勝てなかったしな…。


そんなケントもデーブ・スペクターのダジャレに破れ…。

ちゃっく2.JPG  derika.JPG  すぺくたー.JPG

時は刻々と過ぎています。
もうすぐ春ですね…(遠い目)
posted by きょんこ1210 at 11:39| Comment(6) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月14日

涙の鬼武者伝説

たくま君と一緒に暮らして、早3年半。
今でこそ喧嘩の数は減ったが、暮らし始めた頃はささいなことで、何度も喧嘩をした。


7人家族で育った私は、最初のうち、量の加減がわからず、大量の味噌汁を作ってしまい、4日間にわけて飲んでもらった。


夏場だったので、最終日はかなりの
すえた臭いがした
が、加熱すれば大丈夫!と自分自身に言い聞かせ、知らん振りして飲み干させた。


たくま君は何度も首をかしげ、くんくんしていたが、
私は無言の圧力を加え続けた。


胃腸の弱いたくま君は、その後、猛烈な
下痢に襲われたのだった。




そんな日々の中、私は仕事でのストレス発散に買ってきた
「鬼武者2」にはまってしまった。


【中古 PS2】 鬼武者2

映像美とリアルな動きもさることながら、敵をバッサバッサと斬ることの爽快感のたまらない、ほんと面白いゲームだった!


会社から帰るとすぐゲーム画面に喰らいつき、たくま君に話しかけられても
「ああ〜」「おう〜」と生返事。

「ご飯は?」

と聞かれようものなら、

「ちょっとまっててよ( ゚Д゚)!!」

と睨みつけ、吠える。


その姿が鬼そのものだったと、
後にたくま君が語ってくれた。


当然、当時は夕飯も手抜きの日々が続き、貧しい食生活が続いた。

私が鬼武者に姿を変えて、1週間がたったころ、ついにたくま君がキレた。


「いいかげんにしろ!!!
加熱調理した肉を喰わせろ!!!」



たくま君の発言も何だか鬼っぽくなってきた。


「勝手にたべて!魚でも焼いてれば!?」


肉への欲求不満が爆発したたくま君がついにプレステ2を蹴飛ばした!!


「何すんだよ?!ヽ(`Д´)ノ ムキー 」


叫ぶ私をそのまま後ろから羽交い締めにし、コントローラを奪いにかかるたくま君!


「離せ!!この野朗!!」


両手の自由がきかない私は思い切って、頭を後方に思いっきり振り降ろした!!

ガッッ!!!!

頭突きをくらったたくま君はそのまま、


「ぬおおおおおぉぉぉ!!!!」


と絶叫しながら、後ろに倒れこんだ。


鼻の辺りを押さえたままうずくまって、「ヒーヒー」すすり泣いている。

尋常でない痛がり方だったので、さすがに不安になり、「・・・大丈夫?」と駆け寄ると、
涙と鼻血をボロボロ流しながら、


「びょ・・・びょういん〜〜」


と言われた。

私はやっと鬼武者の呪いから目が覚めて、慌ててたくま君を救急病院へと連れて行った。


「鼻の骨にひびが入っています」


お医者さんから衝撃の一言を頂いた。(゚Д゚;)ヒビ?!


こうして、たくま君は鼻に変なプロテクターのようなものをつけられ、1週間程度、鼻に衝撃を加えないようにと注意を受けた。
ちゃんと静かにしていれば、鼻も曲らずに自然に骨もくっつくといわれたのだ。


…たくま君は私に1週間の
「近距離接近禁止令」を発令した。


*ふだんからよくものを見ない私は、家の中でもよくたくま君にぶつかっていたから。


この事件は今でも我々の間で、
「鬼武者伝説」として語り継がれている。



これをきっかけに一時期、私の代名詞は「鬼武者」となった。

友達から電話が来ようものなら
たくま君は、台所にいる私を見ながら、


「ああ、うん?…鬼武者?
 …うん、今、鬼武者はご飯作ってるよ」



などと言うのだった(´д`;)


去年はドラクエ8にはまり、
新たな「ドラクエ伝説」が生まれかけたが、
「闇のレティシア」あたりで正気に戻り(というか、めんどくさくなって辞めてしまった)、
私はモンスターに変わり果てることなく無事においしい夕食を作り続けることが出来た。


再び新たな伝説が生まれることのないよう「鬼武者伝説」を教訓に、今日も私は頑張って夕食を作ります(*^∀^*)!!

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家で、金魚を飼ってるのですが、1匹だけ体調の悪いコがいて、ここ数週間そいつだけ別の水槽に移し、金魚用のお薬を水に入れ、「頑張れ!!」と励ましていましたが、とうとう昨日息を引き取ってしまいました…
さよなら、アーロン…天国で元気に泳いでください。

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posted by きょんこ1210 at 15:48| Comment(10) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月10日

仲間の危機的状況に笑いが止まらなくなる

小学校のころ、うちの父さんはボーイスカウト仙台4●団の隊長だった。
いい歳して、半ズボンをはき、毛むくじゃらの足を惜しげもなく披露していた。

ボーイスカウト.JPG


私は女だったから、ボーイスカウトに入れられることはなかったが、兄と弟は問答無用に入隊させられた。

毎週日曜日は兄ちゃんや父さんはボーイスカウトの集まりに出かけていき、帰ってくると、

「ジャンボリー!ジャンボリー!」と叫びながら、ロープを使ったサバイバル術などを教えてくれた。


あと、
「ポキポキダンス」という怪しいダンスを披露してくれたこともあった。

キャンプファイヤーのときに踊るらしい。


1本のロープに、あっという間に複数の結び目を作るサバイバル術は、
実際は崖や山を登る際に役立つ知恵だったようだが、私は手品の一種だと思い、学校の学期末のお楽しみ会で披露したこともあった。
(けっこうウケはよかった)


自宅には父さんが購入したサバイバル関係の本が何冊かあり、読んでみると
「樹海で生き残る方法」とか、
「SAS特殊部隊式護身術」といった内容だった。



一体、その知識を父さんはいつ活かす
つもりだったのか謎である。



そんなアウトドアにどっぷりはまっていた父さんは、ボーイスカウトのキャンプに私や妹も連れて行ってくれたことがあった。

小学3年の冬休みだった。
泉ヶ岳のコテージにボーイスカウトやカブ・ビーバーのメンバーとその家族が集まった。


同年代かちょっと上ぐらいの子どもがいっぱいいたけど、一人だけすっごく太った女の子がいた。
私は心の中で彼女をこっそり「ダンプ」と
呼んだ。

当時は女子プロレスラーのダンプ松本がはやっていたのだ。

ダンプ.JPG

大自然の雪の中で、雪合戦をしたり、雪だるまを作っていたら、野うさぎに遭遇し、それを追いかけてみたりと、非常にのどかなひとときだった。


夜はみんなで星を見に行くことになり、大人も同伴で森の中を散策した。
今まで、見たことないってぐらいに、空は星で埋め尽くされていて、ものすごい感動した!


「星が落ちてきそう!!」

「すげー!!すげーー!!」



みんな、口々に感動を語った。

森を進んでいくと、湖面に氷がはっていて、上に乗っかったら、つるつる滑れて面白そうなので、乗ってみた。


「みんな、見て見てーー!!」


嬉しくてみんなも誘ったら、ダンプもこっちに突進してきた。


大人は危ないからやめなさい!って叫んでたけど、ダンプの目にはもう氷しか映ってないようだった。


ダンプが乗ったら、氷が割れたりして…って思ってたら、


パキパキパキ…

ほんとに割れた。




「わぁ!!」


慌てふためくダンプ!

急いで地上に戻る私。



私はお約束のごとく、本当に氷が割れたことと、ダンプが氷の上でヒィヒィ言いながら、
小刻みにステップを踏んでる姿を見て、
ツボにはまってしまい、笑いが止まらなくなった。


「わははははは!!!」


ものすごい場違いだった。


極感の冬。下手したらダンプは死んでしまう局面だったから。


大人は血相を変えて、湖面下の氷水に太ももまでつっこみかけてるダンプに手をのばし、助けようとしている。
みんなもそれを心配そうに見守っている。


私だけが大笑いしていた。


やべぇ!やべぇ!
ここは笑うとこじゃねぇ!!




心の中ではそう思ってるのに。笑いが止まらない。

結局、割れた氷の中に腰まで浸かってしまったダンプを、みんなで絵本の「大きなカブ」状態で湖面から引っこ抜いた。

誰かが「うんとこしょ!!どっこいしょ!!」なんて言うもんだから、

絵本の

「うんとこしょ!どっこいしょ!まだまだカブはぬけません」

というフレーズを思い出し、さらに追い討ちがかかった。


「ぎゃひ〜〜っひっひっひ!!!」


私はウケにウケまくった。

皆の白い視線が突き刺さる。


助け出されたダンプの唇は真っ青になっており、みんなですぐにコテージに引き返した。

青い唇をブルンブルン振るわせるダンプを目の前にして、私はまだ笑いが止まらない。
ダンプに笑いの神が舞い降りてきてるとしか思えなかった。


しばらく笑いの止まらなかった私をみんながきつい目で眺めていた。
・・・いたたまれなかった。


こうして冬休みの楽しいはずの思い出はちょっぴり切なく、悲しい思い出となってしまったのである。

あのときは、ごめんね、ダンプ…
(本名忘れた)


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今日はたくま君の誕生日です!!
ハッピーバースディ!!たくまくん!!
おうちに帰ったらお祝いしようね♪♪

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2006年02月08日

夜中のトイレ

今でも、たまに夜中に目が覚めるとなんとな〜く薄ら寒さを感じることがあるが、子どもの頃なんてのは、それこそめちゃくちゃな恐怖だった。


何かの絵本か、親の作り話だったのか忘れたが、夜遅くまで起きてる子どものもとには人食いネズミがやってきて、かじられるだのというおとぎ話を信じていた。


その上、怖いのが苦手なくせに、興味だけはあって、
テレビの心霊特集や矢追純一のUFO特集は欠かさずチェックし、『学研の科学』の宇宙人・妖怪特集ページは大のお気に入りで、暇さえあれば眺めていた。


でも、
それらを夜に思い出しては、布団の中で丸まっておびえていたのである。←ばか


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*余談ですが、矢追純一さんは現在も超常現象を追っかけているようで、
矢追純一のUFO裏メモ」というブログを書いていらっしゃいます。

一斉を風靡した「歌手の小金沢くん」撮影のUFO激写記事などもあり、心あたたまります。

yaoi.JPG

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そんなある日、家族全員が寝静まっている夜中に尿意をもよおし、
目が覚めてしまった!!

静まり返った暗闇。

人喰いネズミが物陰からこちらを見ている気がする。



トイレは1階にあるが、とても一人で行く勇気はない。
朝まで我慢しようかとも思ったが、もう無理(´д`;)!!


限界を感じた私は隣で眠る妹をゆさぶり起こし、

「一緒にトイレにいって!」

と懇願した。


「やだ」



即答。
10分ぐらいそんな押し問答を続けたが、奴はいっこうに布団から出る気配を見せない。


私の中で沸々と怒りがこみあげてきた!!

「ちっくしょう!!この意地悪女!!」


逆恨みもいいところだが、怒りで恐怖を忘れた私は階段を駆け下り、普通にトイレに行って、台所でコップ1杯の水を手に再び寝室へと戻った。


そして、妹の布団の中にそっとコップの水を流してやった。


どう考えても「意地悪女!」と叫んだ自分が意地悪女だ。



「冷たい!!」


当然、妹は目を覚ます。


「お母さん、お母さん!!!
きょんこが!!きょんこが!!」



火のついたごとく、布団を飛び出し、お母さんに告げ口をする妹。
怒られる私。


この後もしばらく、一人でトイレに行けない夜がたびたびあり、家族を巻き込んでの騒動が繰り広げられたが、小学5年生のときに初めて夜の11時過ぎまで眠らずに起きていられたことがあり、それ以来、夜のトイレも行けるようになった。


私が11時過ぎまで起きていられたその切り札となったのは、

金曜ロードショーで放映された
「コブラ」!!


こぶら.JPG  スペースアドベンチャーコブラ タートル号 ボックス (こちらの商品は税別1万円以上で 送料タダ...


コブラのエロカッコいい、倖田來未も真っ青な世界観に魅了され、私は夜へのデビューを果たした!
もう夜なんて怖くないよ!!


こうして今度は夜更かしをたびたび注意される子どもとなってしまった。
今まで「さっさと寝ろ!」と何度叫ばれたことだろう。

ちなみに今でも夜にダラダラと「どうぶつの森」やったり、テレビを見てしまい、朝起きれません。
今夜もたくま君の声が響き渡ることでしょう。

「いいかげんにさっさと寝ろ!!」

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2/12に中田のドン・キホーテに「Mr.カラスコ」がやってくるそうです。
イベントの少ない仙台では、それだけで何だかウキウキしてしまう私がいます…

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posted by きょんこ1210 at 13:53| Comment(4) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月08日

少年院から追い出される

うちのばあちゃんはヨモギ餅を作るのが得意だ。
小さい頃はよくおやつにヨモギ餅を作ってくれた。


近所に生えてるヨモギを二人で摘んで来ては、餅つき機でお餅といっしょについて食べていた。
私が小5になるまでは、ばあちゃんちは古城にあった。


あとから2世帯住宅にしてこっちに越してきたのだ。
共働きの家庭なので、幼少の頃は古城でばあちゃんと過ごすことが多かった。


ヨモギはいつも交通公園の敷地内に生えてるのを摘んでたんだけど、当時交通公園内の敷地のはずれは
有刺鉄線がはりめぐらされており、それはある建物を囲んでいた。


そこは少年院だった。



交通公園の道路を挟んで、西側が青葉女子学園という女子少年院。
東側が東北少年院という男子少年院となっていた。


小さい頃はもちろんそんな事実など知る由もなかったのだが。


ある日、またいつものようにヨモギをばあちゃんと摘んでたら、
ばあちゃんが有刺鉄線の向こう側をぼんやり眺めながら


「向こうのほうが、いっぺえ生えてんなぁ・・・」


とつぶやいた。


そして有刺鉄線の周りをぐるぐると回りだし、何を思ったのか、
軍手で鉄線をムンズとつかんだ!


「きょんちゃん!あんた、こん中さ入って
ヨモギ採って来んさい!!」



「ええっ!!トゲトゲしてる向こう側には行っちゃいけないって前にじいちゃんに
言われたよ?」



「大丈夫だ!ちょこっとだけだから!!!」


ばあちゃんは、
日ごろから自分のことを「俺」といい、赤信号でも私の手をひいて、思いっきり道路を突っ切り、おまわりさんに怒られても、


「うるさいね!!ケチくせーなや!!!」


と叫ぶぐらいの人なので、
少年院に孫を飛び込ませるぐらい、ヨモギの魅力に比べれば何ともなかったのかもしれない。


でも、そのくせものすごい孫想いのばあちゃんで、私が男子にちょっといじめられたことを、ボソッと話したら、そいつんちに殴りこみに行ったことがある。


何はともあれ、ばあちゃんのヨモギに対する執念と気迫に負け、私は有刺鉄線のすきまをくぐって、敷地内に入った。

ビニール袋にせっせとヨモギを摘んでいたところ、間もなくして怒鳴り声が飛んできた。


「何をやってるんだ?!
出て行きなさい!!!」



たぶん少年院の職員だと思うのだが、いきなりこっちに向かって走ってきた。



「わぁああああ!!!
ばあちゃーーん!!!!」



ばあちゃんが有刺鉄線の向こう側で叫ぶ!


「逃げろ!!!
きょんちゃん!!!!」



?!


わーーん!!
やっぱりここに入るのって悪いことだったんじゃん!!
大丈夫だなんてウソつき!!




慌ててくぐったので、ほっぺを有刺鉄線に少しひっかけた。
イタイよ〜〜


すでにダッシュ体制に入ってるばあちゃん!


私の手をひっつかむと、猛ダッシュでその場を離れた。

「こらーーー・・・!!」


職員の声がどんどん小さく聞こえなくなる。


ばあちゃんは宮城県沖地震の際も、生後間もない赤ん坊の私を抱えながら、両側から倒れてくるブロック塀の間を走り抜けたという逸話を持っている。

それほど足が速くタフな猛者なのだ。


こうして私は少年院から追い出されるという貴重(?)な経験をした。
入れられる人はあっても、追い出される人はなかなかいないだろう。
しかも小3で。




帰りにばあちゃんは
交通公園内のくるみの木に体当たりすると、落ちてきたくるみを私に拾わせ、家に帰ってトンカチで割って食べるべ!とにこやかに話すのだった。


こうしてこの日のおやつはくるみと、ヨモギのお餅となった。


ちょっと涙の味がしました…


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先日、話してたトイザらス・ドット・コム・ジャパンのクレームの件、3度の出荷変更、約束を守らずいいかげんな対応でお侘びが500円??って突っ込んだら、「じゃ、1,000円で勘弁してもらえませんか?」って…。
お前ら、コントでもやってるつもりか?(´д`;)
もういい加減話もしたくなかったので、文句言うの辞めました。
結局、企業VS個人で闘うにはあまりにも個人は弱い立場なわけです。
2週間にわたっての抗争、疲れた…。ようやく出荷は本日だそうな。

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posted by きょんこ1210 at 15:56| Comment(9) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月29日

コンビニで待ち合わせ

先日、私がファ●マでバイトしてた話を軽く出したが、今日はそのファ●マで遭遇した変わったお客さんの話を書こうと思う。


ある日、いつものように一人で店番をしていた時だった。
時間はまもなく17時になろうとしていた。


店内では、雑誌コーナーで2人ほど立ち読み、その他主婦らしきおばちゃんが食品を物色していた。


そのとき、突然一人の男が店内に走りこんできた。


ふぅ〜〜と一息ついて、きょろきょろと辺りを見回して、
そのまま3分ほど経過したところで、その男が突然、


「おかしい!!!」


と声をあげた。

けっこう大きめの声だったので、一瞬、ぎょっとしたが、そのまま男の様子を眺めていると、


「すでに17時を過ぎている!
どうしたことだ?!」



と一人でブツブツとしゃべっている。


「サトラレ」が現実にいたらこんな感じなのかな?と思うぐらい、彼は心の動きをありのまま実況中継し始めた。


立ち読みしてた2人のうちの1人は危険を感じたのか、男の動きに注意しながら、店の外に出て行ってしまった。

もう一人は微動だにせず、熱心に雑誌を読んでいる。


そんなに面白いのか?
その本?




食品やお菓子を見ていたおばちゃんも早々に店を退散したいのか、レジにかごを持ってきて精算を急かした。

その間にも例の男は店内をうろつきながら、
どこかの劇団員のようなオアーバーアクションで頭を抱え、


「なぜ??!!
一体何をやってるんだ?!!
もう帰ってしまおうか?!」



と心の葛藤をそのまま口に出して叫び続けるのだった。


もうちょっとで床をゴロゴロと転げまわる勢いまできていたので、

怖くなり、店長に電話しようかと思った矢先、


「もう帰るさ!!
俺は帰っちゃうよ!!!」


といって精一杯の無意味なアピールをし、男は出て行った。

店内に静けさが戻った。
立ち読みしてる人は何事もなかったように、雑誌をむさぼり読んでいる。

異常事態をモノともせず、読むことをやめることが出来ないなんて、どんなステキな雑誌なんだろう?とチラっと覗き見ると、


「モーニング」の「帽子男は眠れない」を読んでいた。


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『帽子男は眠れない』上野顕太郎

bousi.jpg

『ひまあり』の、あのウエケンの出世作ともいえるギャグシリーズです。
劇画タッチなのに、内容はとことんくだらなくその落差がいい。
オチと間のとり方が絶妙で、気づくと口元が緩んでいる。
いまやもう伝説のギャグマンガ。


*マニアといわれようが、
何と言われようが、私は好きです。


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さすが!!!
ウエケンがわかるとは、動じないだけのことはある…


そんなこんなで軽い感動を覚えていたところに、またあの男が戻ってきた。

店内をキョロキョロ見回すと、


「何てことだ!!!
まだ来ていないじゃないか!!!!」



と、再度おたけびを上げる始末。

一体、彼はどんな重要人物誰を待っているのか?

そのときだった。


「よう」

立ち読みの男が手を挙げた。


「あ!なんだよ、お前、
そんなとこにいたのかよ?!」



って
・・えええええっ?!( ;゚Д゚)


待ち人はずっと店内にいたらしい。

気づけよ!!!
(´д`;)



「それにしても相変わらずだなぁ、お前。
あんまり短気なのもいいかげんにしとけよ」



動じない帽子男はそういって、待ち人狂の男の方をポンと叩いた。

叫ぶ男をわざと放置していたのか?
どういう仲だよ・・・?!



こうして二人は一言、二言交し合ったあとで、連れ立って店を後にした。
後には呆然と立ち尽くす私一人…。

あいつら一体何だったんだ…不思議ワールドの余韻だけがむなしく店内に残ったのであった。

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「あ、それ俺らっすよ」って人が現れたら、ぜひお会いして、一体あのやりとりはなんだったのか?と詰問したい。
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2005年11月22日

ごめんねエッチおじさん

私には英知というおじさんがいる。

本当は「ひでとし」と読むんだけど、「えいち」とも読めるので、
「えいちおじさん」⇒「えっちおじさん」と呼んでいた。
(今、考えるとおじさんにとってはけっこう迷惑なあだ名だな)


中学校の夏休み、お盆ということもあって、親戚連中がみんなうちに集まってきて、えっちおじさん筆頭にありとあらゆるおじさんとおばさんが集結していた。


おじさんやいとこたちはダラダラと時間を持て余した挙句、何か本を買いたいから本屋に連れてってくれと言い出した。

そこで、私は今は無き近所の「ほんとぴあ」へおじさんたちを案内したのだった。



えっちおじさんは週刊誌のコーナーに向かって歩いていき、いとことおばさんは漫画コーナー、他のおじさんやおばさんたちも小説だったり、趣味のコーナーへとバラバラと散らばった。



私も「りぼん」と「なかよし」どっちを買おうかなぁなどと悩みつつ、本屋の中を歩き回っていると、ふと目に留まったのがえっちおじさんのうしろ姿。


何やら熱心に読みふけってる。
見上げると、そこは成人誌のコーナー。



ちょっと驚かせてやろうと思って、後ろからおじさんの背中をドン!とたたき、



「な〜に、エロ本なんか読んでんのさ、
えっちおじさん!!」




と声をかけた。
振り向いた顔を見て、私は愕然とした。



別人!!!( ゚Д゚)


私は本物のエッチなおじさんに軽々しく声をかけてしまったのだ!!

見知らぬエッチなおじさんもバツが悪そうに本を閉じようとしている。


「す、すいません!!
お楽しみ中のところ、邪魔してしまって!!
どうぞそのまま続けてください!!!」



私は混乱した挙句、アホなことを口走った。


この状況で


「ああ、そうですか。
それでは…」



と読み続けるおっさんがいたら、
それこそ神経が麻痺したエロス王だろう。


もちろん、そのエッチなおじさんはそこまで図太い神経は持ち合わせていなかったようで、そそくさと恨めしそうにその場を立ち去ったのだった。


あとから一部始終をえっちおじさんに報告したら、


「お前は本当に残酷なことしたもんだな。
そのおじさんはきっと家で泣いているよ…」



とやけに思い入れたっぷりに話して聞かせてくれた。

えっちおじさんの言うとおり、私は一人のおじさんのせっかくの余暇を台無しにしてしまったのかもしれません。

ウキウキとエロ心で弾むおじさんのピンクの鼓動を土足で踏みにじったようなもんです。
だから、ここでもう一度謝罪します。

あの時のエッチな本が好きなおじさん、邪魔してごめんね。

でも、エロ本は立ち読みせずに買ったほうがいいと思います。

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昔、妹の部屋でエルティーンを見つけたときは、なんだか先を越された気がしました。
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